はいつも何処でも後ろを着いてくるが、鬱陶しいと思ったことは無い。 真面目で律儀だけど、どこかの堅物幼馴染と違って彼女はとても穏やかである。 小言を言わないし、説教してくるわけでもない。ただ静かにユーリのフォローをする縁の下の力持ち。 空気を読んでいつの間にか傍を離れていることもあり、そのさり気ない優しさも嬉しくて、 むしろ最近は離れようとする彼女を無理矢理引き止めて、一緒にいる時間が多くなった。 パフェ。ケーキ。温泉。どんな甘味も癒しも(いつか相乗効果は試してみたいが)には叶わない。 そのくらい、ユーリにとってはお気に入りの存在だった。 「んー…やっぱりおじさまのグミの消費が凄いね」 今回自分たちに割り振られたのは、消費アイテムの買出し。 はいつだって傍にいるので、必然的に一緒に出かける機会も多くなる。 彼女の性分のおかげで2人きりの時間が増えるのだ。忠犬万歳。癒しの空間、プライスレス。 「ジュディに愛の快針連発してっからな…そりゃ、オレンジグミだけ減るわ。」 「でもね、ジュディさんを回復してる時のおじさま、すごく良い笑顔なんだよ…止めにくいなぁ…」 「おっさんの愛で財布が潰されそうなんだけどな。ま、そろそろカロルからお灸が据えられるだろーよ。」 我らがギルドの首領は、ああ見えて財務に厳しい。雷が落ちるのも時間の問題だろう。 ユーリは手元のメモにオレンジグミ12個と書き出し(ほとんど使ってんじゃねえか、おっさんの馬鹿野郎)、 カロルから渡された買出し用の財布を覗いた。…金、足りるのか、これ。 「ユーリ、お金足りる?」 「ん?あー、どうだろうな」 するとは苦笑しながら袖に手を突っ込み、何かを取り出した。 「はい、追加のお金。もしかしたらと思ってカロル君にお願いしたんだ。」 数枚だが、追加としては十分だろう。 どこからこんな金が…と目を丸くしているユーリに、はさらに笑う。 「大丈夫だよ、これおじさまのお小遣いだから。」 「……うちの首領は、ホントしっかりしてんのな。」 気の付く彼女を褒めてやりたかったが、パーティ最年少の締め具合が少し恐ろしくなって ユーリは少し重くなった財布の紐をしっかりと締めた。 2人が宿屋のロビーに出たと同時に、慌しくカロルが転がり込んできた。 その手に握っているのはユーリの剣。武器屋関係はカロルたちの分担だったため預けていたのだが、どうも嫌な予感がする。 「ユーリ!ごめんちょっと来て!」 「おいおい、そんなに慌ててどうしたんだよ。」 「言ってたスキルなんだけど、合成が…ああもうここじゃ説明しにくいからとにかく一緒に来てよ!」 まずい、とユーリの経験が警鐘を鳴らす。 確かにはよくユーリの傍にいるが、それはユーリに懐いているというより、ユーリのためにせっせと働く忠犬のごときなのだ。 必要とあらば長く別行動となってもかまわない。それが忠犬の基本。 悲しいかな、この2人の温度差を知っているのはユーリ(と仲間)だけである。 案の定、彼女は柔軟な思考で効率の良い方法を取った。 「じゃあその間に買い物してくるね。ユーリ、行ってらっしゃい。」 ほらこうなったぁぁぁ! カロルも好き好んで邪魔したわけではないだろうが、しかし、これは一大事である。 たとえがよくユーリの傍にいたとしても、その隣に堅物騎士やら胡散臭いおっさんやら天然お姫様やら 色んなものがオプションでついてきちゃうのだ。いらんいらんお前らは帰れ!と追い払っても哲学するイソギンチャクのように 無駄に粘り強い(特に堅物)。買出しくらいしか2人きりになれる時はないというのに、こんな時に限って…! 「おい、ちょ、待て!」 メモと財布を持ってさっさと出て行こうとする小柄な身体を引き戻す。 冗談ではない、せっかくの好機を潰されてなるものか。 「すぐ終わるからここで待ってろ。俺しか把握していないのもあるから勝手に行くな、わかったか?」 ユーリ…必死だね… 年下の少年に何とも言えない顔をされたのが気にならないわけではないが、今はそれどころではない。 「う、うん、わかった。わたし待つの好きだから、急がなくて大丈夫だよ。」 武器は戦闘に、ひいては命に関わることだから、慌てず確認してきて欲しいという気持ちから言ったのだろう。 分かっちゃいるが、惚れた弱みという変換機を何個も持っているユーリに死角は無かった。 従順。 柔順。 温順。 「…心配すんな、手は抜かねえよ。」 上目遣いで心配そうに見上げてくるこの小動物をどうしてやろうか。 内心そんなことをぐるぐる考えながらも、外面はいつも通りクールに笑みを作り、白い頭に手を乗せる。 頭を撫でられて安心したのかは素直に騙されてくれて、「あそこで待ってるね」と笑顔でロビーのソファを指差した。 「行くぞ、カロル。」 「う、うん。」 「2人とも気をつけてね。いってらっしゃい。」 一緒に行くのも良いが、こうして見送られるのも、また良い…。 そんなことをぼんやり考えながら宿を出ると、カロルが遠慮がちに「一緒に行かなくていいの?」とユーリを見た。 カロルはまだ幼くて恋愛沙汰には疎いが、ユーリもも、お互い大事に思っているのは見ていてわかる。 武器屋まで一緒に行ってもいいんじゃないか。2人の邪魔をするほど、野暮ではない。 そう目で問いかけると、ユーリは小さくため息をついた。 「誰かさんがいるから、こっちのほうがややこしいんだよ。」 その台詞に、少年は「あ。」と呟く。 そういえばボクとフレンが今回の武器屋担当だった…。 店で待たせている仲間を思い出し、合点がいった。連れて行ったら確かに(ユーリ的に)ややこしくなりそうである。 「さて、ちゃっちゃと済ませますか。」 急がなくていいという言葉をあえて無視するように、ユーリは足を速めた。 *** 元々ユーリは器用な性質だが、今回に限っては頭の回転が普段の倍フル回転となった。 カロルを置いていく勢いで目的地を目指し、武器屋に着くやいなやスキルの目的、妥協点を改めて伝え、 出された主人の案に悩む間を挟まず素早く返答する。 あまりの勢いに出る幕のないフレンは口をあんぐり開けていたが、うっかり事情を知っているカロルは 貼り付けた笑顔でやり取りを見守った。が絡んだときのユーリは、色んな意味ですごい。 そして宣言どおり全力を尽くしたユーリは、カロルたちへの礼もそこそこに来た道を引き返した。 3大ややこしい奴の筆頭である幼馴染が武器屋にいるのでそこはまず安心だが、まだ天然お姫様と胡散臭いおっさんが残っている。 後者はまだいい、ボコったら終いだ。だがお姫様は困る。堅物幼馴染並にストレートで善意の塊だから手に負えない。 駆け足で人ごみをすり抜け祈るような思いで宿屋の扉を開けると、ソファーにちょこんと座っていた少女が顔を上げた。 「ユーリ!」 ぱっと笑って走り寄ってくる。ああ、はちきれんばかりに振られた尻尾が見える…。 「おかえりなさい!武器、大丈夫だった?」 「大したことねぇよ。待たせて悪かったな。」 「ううん、大事なことだもの。いくらでも待つよ。」 そうは言いながらも、飼い主が戻ってきて嬉しそうな。 わんこだ。小型犬だ。マメシバだ。保護者という立場に普段は歯がゆい思いばかりさせられているが、こんな風に ご主人様のごとく慕ってもらえるなら、これもまた良いかもしれない。 ようやく2人きりの時間を楽しむことができる……。 癒しの彼女を前にうっかり頭の回線を切っていたユーリは、背後に忍び寄る影に気づかなかった。 「いーようっ!せいねーんっ」 「うわっ」 「ユーリ?!」 酒の匂い共に現れたレイヴンの頬は真っ赤に染まり、ゆるゆるの締まりのない笑顔をしていた。 無理矢理肩を組まれ慌てて引き剥がそうとするが、さすが酔っ払い、こういう時だけ力が強い。 「おい、おっさん!なに昼間っから飲んでんだ!」 「だってぇーパティちゃんがーいい酒入ったってゆうからー」 あの若年寄が犯人か…!べべれけを押し返しながらユーリはパティを〆ることを固く誓う。 「暑苦しいから離れろ!」 「いやよーおっさんの酒が飲めないって言うのー?」 「性質の悪い酔っ払いの相手をする趣味はねーよ!」 懸命に踏ん張るが、レイヴンの腕力が無駄に凄い。身長差をものともせず、ユーリを部屋に連れ込もうとする。 ボコればいいと思っていたがこれは予想外だ。このままではとデートどころか下手をすれば 朝まで軟禁されるかもしれない。それだけはごめんだ。 「お、おじさま、待ってください」 が追いかけてくるものの、礼儀正しいのが災いして年上の男に強く出れない。 飼い犬の困惑した表情を垣間見たユーリはとにかく腰に渾身の力を入れて引きずられることは 阻止したが、しかし生憎脱出とまではいかない。 まずい。素面の人間と酔っ払い。いずれテンションの差でこちらが負ける。 ただと居たいだけなのに、次から次へとなんだこの仕打ちは。 「おじさま、私たちこれから買出しに行くんです。だからお酒は飲めませんっ」 不器用ながらなりに精一杯掛け合うが、やはり酔っ払い、正論なんてどこ吹く風。 ユーリをヘッドロックしたまま持っていた酒瓶を突き出す。 「ちゃ〜ん、おっさんにお酌してよぉ。んで、おっさんがちゃんにお酌してあげるう〜」 「そ、それは……」 「おいおいおっさん、ちょっと調子乗りすぎじゃねえの。」 思いっきり青筋を増やしてべべれけおっさんを睨むユーリ。それでも効きやしないが。 「…………っ、でも、だって……」 の大きな瞳が揺れている。 ユーリを酔っ払いの部屋に放り込みたくない。でも、レイヴンに失礼なこともできない。 いつだって自分の思う最善の行動を取ってきた彼女だが、今回ばかりはどうしていいのか分からないのだろう。 いっその代わりにどうにか殴ってやろうか。 拳に力を込めたとき、ぽつりと、か細い声が耳に届いた。 それは我侭をめったに言わない忠犬の、ちいさな自己主張。 「…ユーリがせっかく帰ってきたのに………」 刹那、青年の秘奥義が派手に炸裂した。
「馬に蹴られてしまえというのは、子どもでも分かりそうなものなのじゃが…」 「あら。怖いもの見たさ、というのもあると思うわ。」 「なるほど。さすがジュディ姐なのじゃ。」 「ワフッ」 |