昼間の太陽が窓から差し込む、宿屋の廊下。 は手に紙切れを握り、黒い背中に駆け寄る。 「ユーリ!」 「……うおっ?!」 「ユーリ?!」 呼ぶ声に振り向いた直後。ユーリの身体が不自然に揺れた。 なんとか踏ん張り元凶を見下ろすと、どこから出てきたのか腰にひっついた子供たちと目が合う。 「トリック・オア・トリート!」 「なのじゃ!」 突然のことにむせる青年をスルーし、パティとカロルは無邪気に手の平を突き出す。 「早くくれないとイタズラしちゃうよ?」 「うちは寧ろそっちのほうがいいのう〜」 「………すでにイタズラされた気分だな…………」 そうは言いつつ、左ポケットに突っ込んでいたお菓子を取り出す。 「ったく。仕込んどいて正解だったぜ」 「……もしかして…ハロウィン?」 お菓子くれなきゃイタズラするぞ! 故郷でもあった見覚えのあるやり取りに、は目を瞬く。 そんなに、子ども2人はさらに目を丸くした。 「、忘れてたの?」 「じゃあお菓子はもらえんのー。他を当たるかのー」 もうもらえるモノはないと分かるや、新たな獲物を求めてぱたぱたと走っていく2人。 賑やかな嵐が去り、ユーリは深々と息をついた。 「朝から元気なこった……」 「…こっちの世界にも、あるんだ……」 「? 何か言ったか?」 「ううん。私、何にも用意してなかったなあって」 「俺は絶っ対忘れないけどな」 「…甘いモノ、大好きだもんね?」 楽しそうに口端を上げるユーリに、も釣られて笑った。 剣をふるっている時と、甘いものを食べている時。本当に生き生きとしている。 彼にとってこのイベントは、あげるより貰うほうが、本望なのだろう。 「仕込んでたって……ユーリの手作り?」 カロルたちに渡したクッキーに見覚えがあった。 ユーリ十八番の、甘さ控えめバタークッキー。ほっぺたが落ちるほど美味しくて、の大好物だ。 「久々だから手間取っちまったけどな」 「………………」 ユーリの手料理はどれもこれも美味しくて、胃袋を掴まれているは唾を呑み込んだ。 クッキー、ケーキ、パフェ…特にデザート類は下町でも大人気だった。 考えるよりも先に、口が、動く。 「ユーリ」 舌が、久しく食べていない好物を呼んでいる。 「トリック・オア・トリート!」 ユーリのクッキー!ユーリのクッキー!! 期待を込めておなじみの常套句を投げると、彼は笑った。 満面の笑みのお返しは、同じ満面の笑み。しかし、ユーリのソレは意地悪な色を含む笑顔。 「残念。さっきので最後だ」 「え、ええ!」 まさかの事実に、は大げさに肩を落とした。 舌が、口の中が、もうクッキーの味で染まってしまっているのに。 「久しぶりにクッキー食べれると思ったのに…っ!」 「お前も甘いモノ好きだよな」 「あんな美味しいモノ、夢中ならないほうがおかしいの!」 「……そいつは、よかった」 ぽりぽり。照れくさそうに頬を掻くユーリを横目に、少女は不満そうに口を引き結ぶ。 食べられない悔しさからか、少し目が座っている。食べ物の恨みは根深い。 「じゃあ、イタズラかぁ……」 「ま、そうなるわな」 だからといって慣習通りにしなくてもいいと思うのだが、真剣に悩むを前にユーリはほくそ笑んだ。 「さっきみたいに、死角から驚かすとか…」 「同じ手を二度も食らうかよ」 「脇をくすぐるのは?」 「目には目を、ってな」 「…寝てるユーリの髪をツインテール………」 「……さっきから、俺の前で言ってたら意味ないだろ」 の性分は奉仕だ。故意に人を困らせるのは、やはり苦手らしい。 「え……じゃあ…ええと……」 「さーん。イタズラまだですかー?」 うんうん唸る女の子をせっつく。ああ楽しい。こんな簡単なことが思いつかない人間っているんだな。 そんな邪念を感じ取ったのか、は上目づかいで青年を睨んだ。 「…じゃあ、これは?」 ずっと握っていた紙切れを、彼の眼前で広げる。 「ん?なんだこれ………あ!」 「ユーリの洗濯物に交じってたんだけど。いらないなら、ジュディスさんと一緒に行ってこようかなぁ」 可愛らしいケーキのイラストと一緒に並べられている「バイキング」の文字。 なくしたと思っていたチケットが思わぬ形で現れ、ユーリは大人しく両手を上げた。 「……降参。見つからないと思ってたら、洗濯物に紛れてたか………ま、手間は省けたな」 首を傾げる少女に、差し出されたチケットを押し戻す。 本当は、もうちょっとカッコよくデートに誘いたかったけれど。 「を誘おうと思ってたんだよ。これから一緒に行こうぜ」 「いいの?」 「俺の手作りじゃなくて残念だけどな?」 意地悪な台詞に、は笑って首を振った。 チケットを持つ手が、ひとまわり大きな手に包まれ、引かれる。 「もイタズラしようと思えばできるんだな。ちょっとヒヤッとしたぜ」 「その前私が困ったけどね……こっちがイタズラされた気分だよ」 「あー。困ってる顔見ものだったな。ありゃいいもん貰った」 「もう……」 右ポケットに入れてある特別なお菓子を確認しつつ、ユーリは笑う。 「どうせなら、お菓子もイタズラも、好きなものはいくらでも欲しいだろ?」
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