ドリーム小説

誰かが言っていた。
悲しい事は半分に分け合って、嬉しいこと、楽しいことは    




、重いでしょ?僕が持つよ」

袋いっぱいの荷物を軽々と持ち上げるカロル。
柔らかい隻眼で見上げてくるラピードに、大丈夫だよ、とカロルは笑って見せた。

「わあ…すごい……」
「わふぅ」
「へへっ。このくらい、へっちゃらだよ」

グミやボトルを詰めるだけ詰め込んだから、けっこう重いはずなのだが。
大きなハンマーを振り回す彼にとっては朝飯前らしく、辛そうな素振りは無い。

「ありがとう。お会計済ませちゃうね」

とはいえ、ずっと持っていると疲れるだろう。できるだけ早く終わらせてしまおうと、
は袖口に入れた財布を手探りで探す。
一緒に入っていた大きな巾着をひとまず外に出した時     だった。

「……きゃあっ?!」

突然、の身体が勢いよく地面に突っ伏す。同時に黒い影が彼女の脇を走り去った。
突拍子もない事に、カロルとラピードは慌てて駆け寄る。

「大丈夫?!」

影は倒れたを振り返る様子は無く、物凄い速さで遠のいていく。

「ガルルル……ッ」
「もう!なんだよあれ!一言くらい謝ったらいいのに!」
「ありがとう、大丈夫だから…。……あ、あれ?」

身体を起こしばさばさ袖を振ったかと思えば、地面を見回す。

?」
「き、巾着…カロル君、巾着、落ちてない?」

這うようにおろおろと探すに、嫌な予感がした。
知らない間に、どこかに落としたのかもしれない。……けれど。
妙な確信を抱きながら、カロルは男が消えた方向を睨む。

「まさか、あいつにひったくられたんじゃ」

独り言に近い台詞に、さっとの顔色が変わった。
立ち上がり走ろうとする。が、たたらを踏んで、また座り込んでしまった。

?!どうしたの?!大丈夫?!」
「…クゥーン……」

前髪の間を伝う汗が、頬を流れ、地面にぽたりと染みを作る。
応える余裕もないのか、は荒い息を繰り返すばかり。

「こんな、時に……っ」

絞り出されたのは、悔しさが滲む声。明らかに尋常な状態じゃないのに、それでもまだ、は膝を上げようとしていた。
    あれは、の大切なモノなんだ。
倒れそうな身体を支え、カロルはひゅっと息を吸った。

「ラピード!お願い!」

言うが早いか、弾丸のごとく飛び出すラピード。彼の足なら、鼻なら、多少の距離など問題無いだろう。
カロルはカバンに突っ込んでいたハンマーを握りしめ、目を丸くしているに笑って見せた。

「待ってて!ちょっと行ってくる!」

ひとりは皆のために。
皆はひとりのために。

いつか聞いた言葉が、カロルの頭の中を過ぎる。
足りないのなら補い合えばいい。困っているのなら助け合えばいい。
…いつも穏やかなの悲しい顔なんて、嫌だから。
笑顔を取り戻すため、カロルは走り出した。




「こ、ここまで来れば……」

ボロボロの巾着を眺めながら、男は笑う。
女から財布を奪うなんざ、ちょろいもの。朝飯前だ。
そもそも子どもと犬だけで、のこのこ買い物しているほうが悪い。狙ってくれと言っているようなものだ。
……しかし、財布にしてはやけにデカいな。
首を捻った男の頭上を、大きな影が、跨いだ。

「?!」

鳥のようなそれは、宙で身を翻し、眼前に降り立つ。
鋭い隻眼が、巾着を持つ男を捉える。

「な、なんだこの犬?!」
「グルルルル……」

唸りを上げながらゆっくりと近づいてくる姿は、まるでオオカミだ。
そこらの犬とは違う獣の威圧に、男は、思わず後ずさった。
この、犬は。そうだ、さっき子どもたちと一緒にいた、青い大きな犬。

「ワンワンッ!ワンッ!」
「く、く、来るな!あっち行けっ!」
「ワゥッ!!」

すっかり怖気づいた男はのけ反りながら後ろへ下がっていく。
とにかく目の前の犬を追い払うことで頭がいっぱいだった彼は、背中に迫る足音に
気づくことなく、盗った巾着を振り回した。

「…のものを、返せ!」

慌てて振り返るが、時すでに遅し。
身の丈ほどあるハンマーを大きく振りかぶる少年と、視線がかち合った。

「爆砕ロォォック!!」

爆発音に似た轟音が響き、派手に土煙が昇る。
地面にめり込んだハンマー。叫び声を上げる間もなく、男はその横で気を飛ばしていた。

「ぼ、ぼく一人じゃ追いつけなかった……ラピード、ありがとう!」
「ワォーン!ワンワンッ」

勝利の雄叫びだ。カロルは笑うと、犯人を見下ろす。

の巾着…あった!……目、覚まさないよね?」

手のひらを振って目を回していることを確認し、泥棒が掴んでいる巾着に手を伸ばす。

「あ、あれ?取れない……ほ、ほんとに気絶してるの?!」
「ワフ?」

ラピードも犯人の顔を鼻先で突くが、うめき声を上げるだけで起きている気配はない。
間違いなく気を失っているはずなのに、何故か泥棒は巾着を離そうとせず、カロルは口をへの字に結んだ。
往生際が悪いとはこのことだ。これはのモノなのだから、潔く返してもらわないと困る。
意地になって思いっきり引っ張ると、中で、何か破れた音がした。

「あ」
「……クゥーン……」

これは、まずい。
顔を見合わせ顔面蒼白になっているところへ、2人を呼ぶ声がかかる。

「カロル君!ラピード!」
!き、き、巾着取り返したよ!」

とは言いつつ、当の巾着を背中に隠し取り繕うカロル。
追いついてきたの顔色は、さっきよりは、幾分マシに見える。
大丈夫?そう聞こうとしたが、騒ぎを見て集まってきた町人の声に交じって、騎士の声も聞こえてきた。
……どうやら、長居はしないほうがいいようだ。

「わ、ま、マズイよね?」

カロルの狼狽えた声にもラピードも頷く。
3人の頭に浮かんだのは、指名手配中の、黒髪の青年。

身内に手配犯がいる彼らは、とりあえずその場から退散した。



***



、大丈夫?」

人気の少ない所を探してたどり着いたのは、町はずれの公園だった。
芝生に座り込んだを、カロルもラピードも、心配そうに見つめる。

「うん、もう大丈夫……ごめんね」

そう言って笑っているが、まだ辛そうだ。

「…あ、あの、…」

追い打ちをかけるような気がしてしまうが、だからといって話さないわけにもいかない。
巾着を胸に抱え、カロルは勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさいっ!!」
「え?どうしたの?」
「巾着の中身……取り返す時に、破れちゃったみたいなんだ…」

きょとんとしているに、持ったままだった巾着を差し出す。

「中は、見た?」
「み、見てないよ!」

責めている口調ではないが、地面しか見えていないカロルは必死に頭を振る。

「カロル君を責めるなんてとんでもないよ。大丈夫だから。顔、上げて?」

恐る恐る上げた視界に入ってきたのは、いつもと変わらないの笑顔。
けれど、危うく失いかけた巾着を大事そうに胸に抱えている。
やはり、とても大切なものなのだろう。

「…ねえ。がよければ、なんだけど……僕に直させてほしいんだ」

女の子の荷物は秘密が多い。おずおずと提案したカロルに、は、うつむく。
戸惑っている、というより、恥ずかしそうな表情で、立ったままの少年を上目づかいで見上げた。

「……秘密にしてくれる?」
「そ、そんなに恥ずかしいモノなの…?」
「恥ずかしいっていうか……ユーリには、内緒にしてほしいかな…」
「…わ、わかった」

触った感触では、柔らかいものだったような。
戸惑いながらも頷くカロルを信用したのか、巾着の口を解く。

中から出てきたのは、黒づくめの、ぬいぐるみ。

「……これって………ユーリ、だよね?」

ぬいぐるみなのに、自信満々の不敵な表情。
先に名の上がった青年が、小さく可愛らしくなって、の手に収まっていた。

「下町にいた時、下宿先のおかみさんが作ってくれたの。みんな私のこと小さい子どもだって思ってて…
 ユーリがいない時、寂しくないようにって」
「…クゥーン」

本当に恥ずかしいのか、『ユーリ』で顔を隠す

「私にとって宝物なんだけど……この年にもなって、ぬいぐるみが手放せないとか、情けなくて……」

は、隠れているつもりなんだろうけど。
ぬいぐるみが縮こまる女の子を守っているようにも見えて、カロルは、笑ってしまった。

、貸して。ぱぱっと直しちゃうから!」

少し躊躇したが、そっとぬいぐるみを手渡す
手が取れて綿が出てしまっているが、他に破れた箇所はなさそうだ。
の横に座り、大きなカバンから裁縫道具を出す。

「持ち歩いたら早く痛むし、今回みたいなことがあるかもしれないって、わかってるんだけど…
 ……どうしても、手離せなくて…」
は、本当にユーリのことが大好きなんだね」
「わんっ」
「…うん……」

喋る間にも、てきぱきと針を動かすカロル。
その指先をじっと見守るラピードと

「できた!」

糸を切り、腕を軽くひっぱる。

「うん、大丈夫だと思う。ごめんね…」

改めて謝るカロルに、は笑顔でぬいぐるみを受け取った。

「盗られたものが綺麗になって戻ってくるなんて、嬉しいよ。
 ……私ひとりじゃなにもできなかった。2人がいてくれてよかった。ありがとう」

元通りになったぬいぐるみを、嬉しそうに抱きしめる
満面の笑顔を前に、カロルとラピードは顔を見合わせた。

「ユーリが聞いたら、喜ぶと思うけどなぁ……」

にとってそういう問題ではないのだろうけど。
いつもを気にかけている彼のことだ、自分を模したぬいぐるみが彼女の心の支えに
なっていると知れば、表面上は照れも手伝って茶化すだろうけど、内心は相当嬉しいだろう。

「だ、だって…こんな子どもっぽいこと……ただえさえ、子ども扱いされてるのに……」
「…、ユーリの気持ち気にしてたんだ。意外かも」

何気ない一言に、顔を固まらせる
相手の様子に自分の言ってしまった言葉の意味を悟り、カロルは慌てて首を振る。

「ち、違うよ!ユーリの気持ちを無視してるとかじゃなくて…!
 僕みたいに、かっこよく思われたいとかそういう……自分への評価は、二の次に見えたから…」

それはに限った話ではない。
今のカロルの連れはみんな、ただやりたいと思うことをやっている。

「……そんないいものじゃないよ」

零れた台詞は小さくて、カロルの耳には届かない。
剣をふるう指が、ぬいぐるみの手を摘む。

「ユーリはいつも私を心配してくれてるから。だから、少しでも負担を減らしたいんだ」
「あ…うん…。にはすごく過保護だよね。最初見たときびっくりしたよ」
「大怪我してたところを助けてくれたのが、出会ったきっかけだから……
 …そのせいかな、ユーリにとって私は、弱いままなんだと思う………」

でも。カロルが見てきた、ユーリがを見ているあの瞳は。優しい表情は。それだけじゃないように、思える。
カロルは困ったようにラピードを見る。彼はの横に腰を下ろしたまま、ため息の様なものを吐いた。
の言うことも、大きなウエイトを占めているけど。カロルたちの見るユーリと、の見るユーリは、少し違う。
そんなことないよ。ユーリは、のこと。…そう言いかけて、喉の奥に押し込んだ。

(………。知っているからって、僕が、言っていい事じゃない)

自信家で思い切りのいいユーリが、あえて黙っている気持ちだ。
出会ったばかりの他人が口にできるほど、きっと、軽いものじゃない。
少年は、仲間の中で一番幼いけれど。けれど、2人の複雑な気持ちは、少しは分かるような気がした。

「……あ………」

ふと、が声を漏らす。視線はカロルの肩ごしに流れている。

?どうしたの?」
「ううん………うん、カロル君、ちょっと待ってて?」

おもむろに立ち上がり見ていたほうへと走っていく。
突拍子もない行動に、カロルは驚いた声を上げた。

「ど、どこ行くの?!」
「大丈夫!すぐ戻るから!」

泥棒に突き飛ばされたとき調子が悪そうだったのに、本当に大丈夫なのか。
ハラハラしながら見守っていると、行く手にこじんまりした屋台が止まっていた。
中には氷らしきものが敷き詰められ、その上に色とりどりの棒が刺さっているのが遠目にもわかる。
は屋台の主人と2・3言交わすと、何かを手渡し、棒を3本受け取った。

「お待たせ!」

息を切らせながら駆け寄ってきたの手には、可愛らしいアイスバーが握られていた。

「お礼にもならないけど……赤と緑、どっちがいい?」
「わあ……!あの屋台、アイス屋だったの?」
「うん、珍しいよね。色も綺麗だから目に入っちゃって」

ユーリの影響か、も甘いものに目が無い。
嬉しそうな顔とカラフルなアイスを前に、カロルは声を弾ませた。

「ありがとう!僕、緑がいいな!」
「これメロン味だって。あ、ラピード用のアイスもあるよ。食べる?」
「わふぅ」

水色の小さなアイスを差し出すと、ラピードはぱくりと食いついた。
しゃり。しゃり。暖かい気候のせいか、音さえも美味しく聞こえる。

は何味?」
「私はイチゴ。んん…おいしい…」
「…、ホントは自分が食べたかったんでしょ」
「……そんなことないよ?」

いたずらっぽく笑う彼女に、もう、とカロルも笑顔をにじませた
はカロルより年上だけど、食べ物が関わると、外見も相まって幼く見える。
下町にいた頃よくユーリの手料理を食べていたと話すの顔といったら、とろけて、この上なく幸せそうだった。
こんな顔を見れるなら作り甲斐がある。ユーリが何かと彼女にかまうのは、こういう理由もあるのだろう。

「…あれ?」

半透明なアイスに透けて、何やら文字らしきものが見える。
気になってしゃくしゃくと食べ崩していくと、アイスの棒に3文字、刻まれていた。

「っ…あー!」
「え?!な、なに?!」

飛び上がるに、カロルは棒の文字を突き出す。

「こ、これ!当たりって!」
「あ……そういえば、3本集めたら景品があるって……」
「そうなの?!2人のはどう!?」

早々に食べ終わったラピードのアイス棒を除くカロルたち。
そこには、同じく文字があった。

「ラピードも当たりだ!」

犬用のアイスにまで当たりがあるとは、面白い。
喜ぶカロルに対し、は残念そうに声を落とす。

「…ごめんね。私はハズレみたい」

白い指が持つ棒には、何も書かれていない。
だが少年の興奮が冷めることはなかった。

「そっか…でもあと一本だよ!」
「屋台、もう行っちゃったね…」
「リベンジしようよ!今度はみんなで来よう!いっぱい食べたら、1本くらいすぐに出るよ!」
「…そうだね」

は自分の棒を近くのゴミ箱に投げ入れ、よいしょと立ち上がる。

「そろそろ行こっか?買い物の続きしないと」
「あ、そうだった。お店の人、待っててくれるかな…」
「一応預かって下さいってお願いしてきたけど…さっきの騒ぎもあるし、早くいかないとね」

見上げる横顔に、辛そうな様子は無い。
アイスを食べられるくらいには回復しているようだが。

、ホントに大丈夫?どこか悪いの?」

蹲った時のこと思い出すと、何故か胸騒ぎする。
あれは尋常な様子じゃなかった。まるで発作のようにも見えた。
持病があるのだろうか。その手のことに明るくないのも相まって、カロルの胸に不安が積もっていく。

「…ちょっと、立ちくらみしちゃって」
「いきなりだったもんね…辛くなったら、言ってね?」

心配そうなカロルに、ただ、笑って返す。
ぬいぐるみの入っている袖を振って、ラピードにも笑みを向けた。

「大丈夫だよ、ラピード」
「………」

やせ我慢にも見えるを一瞥し、ぴったりと後ろにつくラピード。
刃の様な尻尾をゆらゆら揺らし「わふっ」と息を漏らした。
その顔は    飼い主によく似て、自信に満ちた「任せろ」と言わんばかりの様相。

「ラピード?」
「きっとラピードも心配してるんだよ」

卑劣にも後ろから乱暴な真似をした犯人。
だがラピードが目を光らせているなら、おいそれと襲おうとはしないだろう。

「僕とラピードでの宝物を守るよ!行こう!」
「あ、カロル君!」

勢いよく飛び出していった少年の後ろ姿は、元気いっぱいだ。

「行こう、ラピード」
「わんっ」

元気なカロルの後に続く
重く圧し掛かっていた身体の重さは、すっかり抜けきっていた。

誰かが言っていた。悲しい事は半分こ。楽しいことは     

(こういうことだったのかな)


…その本当の答えは、ずっとずっと先で知ることになる。