貴方に花を ドリーム小説



「ぬ……う……おの…れ………」

昇り切ったエレベータは、青空の下、まぶしい太陽に照らされていた。
爽やかな風景の中、アレクセイは剣を支えに息を切らす。

「……終わりだ、アレクセイ」

私たちの頭上には、とても大きな結晶が浮かんでいる。

「あれは魔核?なんて大きい」

ジュディスさんが感嘆の様な声を漏らす。
もうアレクセイは剣を振るう力は無い。きっともう抗えない。

(何、あれ。なんか、気持ち悪い)

でも私の中には拭いきれない不安があった。
巨大な魔核。何故こんなものが、宮殿の奥にあるのか。

(…まずい、視界がブレてきた。はやく、決着を)

浅く息を吐いて、吸って、なんとか身体の均衡を保つ。
まだ倒れるわけにはいかない。
確かに世界を守れたのだと、見届けるまでは。

「く、くく……」

不意にアレクセイの肩が、揺れる。
様子がおかしい。そう思った時には、遅かった。
ザウデを解析していたモニターが再度出現し、彼は顰めていた表情を一変させた。

「!まだ解析していたの?!」
「ザウデの威力……共に見届けようではないか」
「やめろ!!」

剣を携え不敵に笑うアレクセイに、ユーリは駆けていく。
私も後に続こうとして     途端に息苦しさに蝕まれた。

    あ、まずい。

今までの旅の中でエアルクレーネに近づいたこと。
魔物に襲われる帝都で濃厚なエアルを浴びたこと。
つい先ほどまでアレクセイに利用されていた、負担。
積もり積もったものが私の動きを止め、背中に冷や汗が流れる。

「馬鹿め」
「ユーリ…っ!」

間に合わない。歪む世界の中、金色が黒を突き飛ばした。

「危ない、ユーリ!!」

アレクセイが放った光線をその身に受け、フレンさんが吹き飛ぶ。

「うがあっ!!」
「フレン!」
「隊長!」

アレクセイの剣から光が放たれる。

「ええい!」

ユーリも持っていた見慣れない剣で対抗し、斬りかかる。
アレクセイはそれを受け止めたけれど、負荷に耐えられなくなったのか、アレクセイの剣が爆発した。

「うおっ!!」
「ぐあ!!」

両者吹き飛ばされ、ユーリは受け身を取り、アレクセイは仰向けに倒れ込む。

「く……やはり、その剣……最後の最後で仇になったか……だが、見るがいい」

浮かぶ巨大な魔核を見上げるアレクセイ。
魔核から光が立ち上る。空にうっすら結界らしきものが見えたかと思うと、それは壊れ始めた。
裂け目から、黒く、禍々しい物体が、這い出てくる。

(え、あ、あれ、は……)

私の身体が叫んでいる。
あれは、良くないものだ。とびきり、悪いものだ。と。

「!?」
「な、な、な……」
「な、なによ、あれ?!」

その場にいた者が騒然となる。
喚んだ張本人でさえ驚愕の表情を隠せず、空を見上げている。
私も、ザウデは兵器を隠す宮殿なんだと思っていた。でも、あれは、そんな簡単なものじゃない。

「星喰みか!」

ユーリの答えに、ざわりと身の毛が逆立つ。

「星喰みは打ち砕かれてなどいなかったんだわ……。ただ封じられていた、遠ざけられていたにすぎなかった」

なら私は。星喰みを呼び出す一端を担ってしまったことになる。
どうしよう。私のせいだ。
私が、アレクセイに付き従う。そんな道を選んでしまったばっかりに。

「そうだ、それが今、還ってきた。よりにもよってこの私の手でか!これは傑作だ。ははは!」

私が時間稼ぎをしなければ。私さえいなければ。
もっと早くアレクセイを止められていたかもしれなかった。
わたしが、生きたいと、願ったせいで。
わたしの我が儘が、世界を。

「う、」

くるしい。くるしい。
ああ、不本意ながら、慣れた、感覚。
胸元からせり上がってくる、鉄の味。

「う、あ、あっ」

ひざを折り、その場に崩れる。
手で押さえても血がとめどなく口から溢れ、止まらない。

?!」

誰かが私の名前を呼んでいたけれど、頭上の魔核がバチバチと音を立て、かき消される。

「我らは災厄の前で踊る虫けらにすぎなかった。絶対的な死が来る。誰も逃れられん」
    いい加減、黙っときな」

ユーリが。視界端で、剣を振るう。

「もっとも愚かな…道化……それが私とは、な………」
「くそ、魔核が……!」

逞しい腕に抱え上げられた瞬間、ザウデの巨大な魔核が落下してきた。
ユーリに抱えられとっさにその場を離れたが、仲間の声と…アレクセイの声は、それきり、聞こえなくなった。

、しっかりしろ!」
「……ゆー、り………」

吐き出す血が止まらない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ユーリの力になりたかったのに。

「……わたし、けっきょく、なにも、できなかった」
「何言ってんだ!」
「…みんなの…あし、ひっぱって…ごめん、な、さ……」
「それ以上言うと怒るからな!」

ユーリの後ろに見える、災厄。
彼とはちがう不気味な黒色に、知らず涙が滲む。

「くそ、魔核に分断されたか……をなんとか運ばねえと………」

ちょっと待ってろ。通れる場所探してくる。
私を床に座らせ、背中をぽんぽんと叩く。
その間も吐血は止まらなくて、私は身体を抱え込むように蹲った。

ユーリ。ユーリだけでも、なんとか。
軋む上半身をなんとか起こし、腕を突っ張ってこらえる。
その時だった。ガシャガシャと金属音が響き、こちらに近づいてくる。

「フレンか?」

そう言ったユーリの動きが、不自然に止まった。

なんとか顔を上げると、それはフレンさんではなかった。
ソディアと呼ばれていたフレンさんの部下で、少し気の強い猫目の女性。
その人が、ユーリと重なる様に何かを押し付けていた。

ユーリは、動かない。

やがて、ゆっくりと、ユーリの身体が後ろに倒れていく。
カラン。二人の間に、なにかが落ちた。赤に濡れた、銀色に、光る、ナイフ。

「ユーリ」

…まさか。
まさか。

「ユーリ!!」

血だらけの手をユーリに伸ばす。
けれど、距離は遠く。背後の海へと、身体が傾いでいく。

    間に合って!!

彼の指先が、掠めた。のを最後に。


ユーリは、ザウデの頂上から、海に吸い込まれていった。


「……う…………そ…………」

信じられない。だって、ついさっきまで、私と一緒に。
ユーリは。ユーリが。
あっという間の出来事に、頭がごちゃごちゃでかんがえられない。

たすけられなかった。

刺されるときも、落ちていくときも。
わたしはただ、傍にいただけ。
盾にもなれず。消える彼に、わたしは、なにも。

「ユーリ…………」

    くやしい。
こんな、こと。

だいすきなひと。せかいじゅうでいちばんたいせつなひと。

わたしの、たからもの。

「……なんで…………」

呆然と立ち尽くす女性に眼を向ける。
なぜ。こんなことをしたの。
わたしの大事なものを、どうして、壊した。

壊された。

壊されたんだ。

この人に、わたしの、ユーリが。

「うっ………あああ、あああああああああああああ!」

激情に突き動かされるまま、彼女を突き飛ばす。
相変わらず血は止まらない。
身体があつい。
体に残っている血が沸騰しそうだ。

「…ゆるさない!ゆるさない、よくも、ユーリを!!!」

尻もちをついた彼女の首根っこを掴んで引きずり上げ、涙に濡れた頬を殴る。力の抜けた身体を床に投げ飛ばす。
もう私の状態など知ったことか。そんなことどうでもいい。
この憎悪。後悔。抑えられない強烈な熱。
ぶつけないと気が済まない。

床に落ちていたナイフを拾い上げ、握りしめる。
真っ赤な世界の中、思考は絡まってクリアで。

「おなじようにしてやる……」

腹を裂き、海に叩き落とす。
そうでもしなければ、頭の先から足の先まで侵されたこの黒いよどみは収まらない。
思い知らせてやる。ユーリの痛み、恐怖、絶望を。

    !」
ちゃん!」

私と彼女の間に、ふたつ、金と黒の影が割り込んだ。

「ソディア、大丈夫か」
「…隊長………」
ちゃん。落ち着いて、ナイフを俺にちょうだい?」

差し出された手はユーリより少し日に焼けていて、節張っている。
私は一瞥して、吐く。

「どいて……そいつを、ころせない」

邪魔をしないでほしい。この身体が動くうち、仇を討たなければ。

……」
「…ちゃん……」

止まらない。止まれないのだ。
止まってしまえば、それこそ本当にユーリが霞んでしまう気がして。

ちゃん」

おじさまが、私の細い肩を掴む。

ちゃんは、ユーリのこと、信じられない?」

優しい声だった。
けれど力強く、血だらけの私に問いかける。

ちゃんはできることをやって帰ってきた。ならユーリだって、男を見せるはずだ」
「……………………」
ちゃん、耐えて。苦しいなら俺が半分持つから。だから、頼む。耐えてくれ」

ナイフを、ぎゅっと握った。
ユーリ。ユーリ。
私の、唯一の人。

「わたし、は…………」

まだ熱は高ぶったまま。でも。おじさまが。
この優しい人を押しのけてまで、私は。

おじさまの暖かい指が、いつの間にか流れていた涙を拭う。
ユーリ。だいすきな、ユーリ。
わたしに生きる世界をくれた、ユーリ。
でも私にできたのは。
ただ戦況を引っ掻き回し、仲間を振り回し。
こんな形で、生き残ったところで。

「…………わたしは、なんの……ために…………」

裏切りを重ねてまで戦ってきたのか。
その結果が星喰みであり、ユーリを助けられなかったというのなら。

私の選んだ道は、間違っていたのか。

「…こんな血だらけじゃユーリも心配するぜ?おめかしして待ってようよ。ね?」

抜身のナイフを、おじさまがそっと握る。
動いたら怪我をさせてしまう。咄嗟に手を離すと、おじさまはナイフを持ち上げ遠くに投げた。



穏やかで真っ直ぐなフレンさんの声が、空っぽの私の中に、入ってくる。

「君はユーリに甘い希少な女性だ。だから」

いつもの凛としたフレンさんとは違い、その表情は少し幼い。
紡ぐ言葉は騎士団隊長ではなく。
年相応の青年のように思えた。

「最後まで、責任をもって面倒をみてやってくれ」

私が戻ってきた意味はあるのだと。
そう言われた気がして、また、涙が滲む。

…ユーリ。会いたい。まだ、おかえりって、言えていない。

「……ちゃん、行こう。みんな、待ってる」

おじさまがそう言ってくれるけれど、私の足は動けなかった。
こぷ。また、血が溢れていく。
自分がどうやって立っているのか、もう感覚がない。
涙と血でなにもかもがぼやけて判別できなくて。

おじさま。フレンさん。みんな。

「…ごめん、な、さ、い」
ちゃん!」

力が抜けた身体を、誰かが受け止めてくれた感触がする。
けれど私はぬくもりを感じることはできず、指の先からすうっと冷えていった。

私、死ぬのかな。
死にたくないな。
会いたい。
会いたいよ。
謝らなきゃ。

「まずい……!」
「早くここから離脱を!」

今までの何でもない日常が、遠い。
ユーリにおかえりなさいって言って、ココアを一緒に飲むの。
彼の指に触れて、肩を重ねて、今日の出来事を伝える。
エステル。カロル君。おじさま。ジュディスさん。バウル。リタ。パティちゃん。ラピード。
今日も楽しかった。明日もきっと。

大好きなユーリとなら、なんだって、幸せだから。そんな、世界が。

(…ユーリ……おねがい……いきて、いて…………)

仇討もできず。
世界を危険にさらしたまま。

何もなせなかった私は、黒い闇の奥深く、意識が沈んでいく。

   ああでも。この色は。

ユーリの、色だから。


わるくない、かな…………。