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「人には、それぞれ相応しい役回りというものがある」

エアルが吹き荒れる御剣の頂上。
笑うように口走る団長の影から、小柄な少女が歩み出る。
囚われの姫とは違い、しっかりと、自分の足で俺たちの前へその姿を現す。

…?」

暗い黒い瞳から感情は読み取れない。
バウルと共に船に居るはずの彼女が何故この城に。この場所に。
思わぬ人物の出現に、仲間たちが浮足立つ。

「な、なんで??」
「……アレクセイについた、ということかしら?」

冷静なジュディの言葉が、俺の思考を殴りつける。

「…なにやってんだ」

お前は、俺の。

「こっちに来い!!」

最近に怒鳴ってばかりだ。それというのも、無茶が過ぎるから。
柔順な犬かと思いきや、頑固で、自分のことを顧みない彼女。
俺の声に瞳を伏せ、そして、顔を上げる。

「……できないよ」

エアルが吹きすさぶ空の上、真っ直ぐに俺を見据える
その光は強く、射抜くように、静かな熱を湛えていた。

「一緒にいたいって、言ってくれたよね?」

だから私は選んだの。
アレクセイに付き従う道を。

何を。何を言っているんだこいつは。
アレクセイが今までしてきたこと、いましていること、しようとしていること。
それは人を道具のように扱い礎にするやり方で、もシュヴァーンの一件で重々身に染みているはずだ。
すなわち、自分も彼の道具となること。
それを良しとするのか。
それが、彼女の選択なのか。

「彼女も彼女の役割を、立派に果たそうとしているのだよ」

アレクセイが手を上げる。呼応するようにの足元に術式が描かれていく。
は少し顔をしかめたが、口を引き結び、俺から視線を逸らそうとはしない。

「実験の成功症例としての役割をな!」

光の矢が俺たちに向かって放たれる。
幸い弾き返すことのできる軟なシロモノだったが、恐らく威嚇のレベルだろう。
彼女の体内にあるエアルを凝縮された一撃を向けられでもしたら。ひとたまりもない。

それは、俺たちが初めて見る、がエアルを使う姿だった。

魔導器も魔核も所持していなかった
すべての戦闘を己が剣術のみで凌ぎ、技や魔術を使用することは今まで一度も無かった。
彼女の秘密を知った今となっては必然である。
エアルは彼女にとって、毒以外の何物でもなかったのだから。

ほんの少しの距離なのに。が、遠い。

想いも約束も想い出も切り離され、残酷な現実だけがを覆う。
手を伸ばしても届かない。彼女がその手を差し出していないから。
…また俺は手離してしまうのか。
を、ひとりにしてしまうのか。

「…………リ」

俺の気持ちは何ひとつ届いていなかったというのか。
でも。
それなら。
あの、涙は。

……風の音が、消えた。

見回せば仲間もアレクセイもいない。
淀んだ夕闇の様な風景は白く塗り潰され、と俺、2人だけがいる。

「ユーリ」

…笑っている。
俺の大好きな微笑みが、

「ユーリは、私の帰る場所だから」

ああ、そうだ。
俺たちは、互いに、互いの。
切り離されてたまるものか。繋がっているはずだ。
いつだって。今だって。

どんなに離れても帰ってくる。それが、俺たちの      




「ユーリ、ユーリ。起きてください」

ゆっくりと意識が浮上する。
ごう、ごう、と風が流れる音がする。
一瞬城の上かと錯覚しかけたが、城とは違う青と白のコントラストに、目を細めた。
そうだ。あのあと操られたエステルを残し、アレクセイとは消えた。
彼女はただこれが自分の選んだ道だと、それだけを言い、団長と共に海上宮殿に行ってしまった。

「…悪い。昨日そこそこ寝たんだけどな」

俺たちは騎士団長を追い、突貫で修復された船に乗り込みザウデに向かっている。
城とそう離れた距離ではないのだが、そのわずかな間に寝落ちてしまったらしい。

「……のことも、ありますから」

とアレクセイが手を結ぶところを目の当たりにしたというエステルは、困ったような笑顔を浮かべた。
彼らを極力邂逅させないようにと思っていた矢先のことだった。
それも、攫われたのではなく、の意思だ。
理解はできても、どうにもまだ頭が追いついていないところがある。

「ま、どうれあれ。連れ戻してお説教だな。病気のことと、飛び出したこと。
 倍にして正座させなきゃな。」

バウル曰く、は城の異変にたまたま気づき、下町を助けるために船を出たようだ。
必ず戻る。そう約束して、魔物の蔓延る中に飛び込んでいった。
そしてルブランはに会ったという。逃げ遅れた人を庇い、自ら囮になって城の中を走り回った。
その先で、アレクセイとかち合ってしまったらしい。

「取引だと、言っていました」

仲間の誰も、が裏切ったとは思っていない。
戻ると言ったのだ。真面目な彼女は約束を反故にはしない。
どんな道を辿ろうと必ず帰ってくる。そう、信じている。

「たぶん、何か考えがあってのことだと、思うんです」
「同意見だな。あいつなりに活路を見出したんだろうよ。……無茶だけどな」

エステルを取り戻した。凛々の明星として足りないメンバーは、あとひとり。

彼女の気持ちを掴めなかった以前の俺なら迷ったかもしれない。それがの選択なら、と諦めたかもしれない。
けれど今は違う。たくさんのモノを受け取ったし、受け渡した。
俺もも互いに互いの中で息づいているものがある。
俺だけじゃない。仲間たちにだって、胸の奥に抱いているものがあるはずだ。

に振り回されるなんて、初めてのことじゃないだろうか。
そう思うと可愛いもんだ。是非とも落ちないよう掴んでやらなければ。

「ユーリ!エステリーゼ様!」

ガシャガシャと鎧が重なる音が響く。

「もうすぐザウデに到着します」
「いよいよですね…」
「ああ」

デュークから借りた宙の典戒を握り立ち上がる。

「決戦、だな」

ついに騎士団長と合いまみえる。強く巨大であろうが、負けるわけにはいかない。

「…その前に、話しておきたいことがある。タルカロンでは騎士団が盗み聞きしているかも
 しれなかったから、黙っていたことだ」
「どうしたよ、改まって」

常に伸ばしている背筋をさらにピンと張りつめ、フレンは俺を見据えた。

「エアル適応障害の、もう一人の実験体についてだ」

いわば、と対になる存在。
一呼吸おいて、フレンははっきりとした声で告げた。

「死んだと言ったが、すまない。あれは嘘だ。本当は生きている。僕が、秘密裏に保護したんだ」

命令違反だ。
そうぽつりと零す彼に、場違いながら少し笑いそうになってしまった。

「生きて……では、無事なのですか?」
「はい。彼女は実験によりエアル適応障害への対策がなされ、のようにエアルに蝕まれてはいません。
 今は騎士団の手が及ばぬよう、ギルドの元にいます」
「…と、いうことはだ」

研究所も資料も燃え尽きたと言っていたが、実験結果である素体そのものは無事ということ。
ならばその者の協力を得れば、治療法の突破口が見つかるかもしれない。

「リタや他の皆にも話したが、連絡を取って彼女にも協力をお願いする予定だ」
「いいのか?騎士団から身を隠してたってんなら動くと危険だろうし、
 リタのことだから手荒な真似はしないと思うが、根掘り葉掘り色々聞かれると思うぜ?」

どんな人物かは知らないが、実験体であった過去を掘り起こされるのは、あまり良い気分ではないだろう。
の治療に繋がるのは嬉しいが、かといって他人の傷を深くするのも躊躇われる。
俺の言わんとしていることを分かってはいるのか、フレンは空の向こうに視線を移す。

「……ユーリ。君と一緒だ。動かなければ変わらない。彼女も、そう考えている」

そうか。…そうか。そうだな。じっと考え込むより、動いて状況を変えるほうが、きっと。
俺や”彼女”とやらは、それが性に合っているんだろうな。
ならば、俺が言えることはひとつだけ。

「…礼、言っといてくれ」
「ああ」

どんな状況になっても進むことを恐れない。
もしかしたらは、そんな俺たちを見越していたのかもしれない。
そうだ。は。家族になりたいと言ってくれた。ならば、交わらない道はもう選ばないだろう。
進んだ先で、待っているに違いない。

「早く迎えに行ってやらないとな」

エステルとフレンが、力強く頷く。

潮風を浴びながら船は進む。
海上に突き出た指輪の様な宮殿。
その宮殿は最古の災厄を打ち砕いた力を秘めているという。
アレクセイが何を求めているのか   分かるが、納得はできない。
ザウデで、すべてのケリをつける。

が重ねた道、決して無為にはしない。






「ふむ。それなりの量を溜め込んでいるようだな。やはり聖核には及ばんが、魔核としてなら及第点か」

手甲に包まれた掌を振り、展開されていた術式のモニターが解除される。
身体の内側を覗かれているようで、あまり良い気分ではない。
だがこの身体を明け渡すと言った台詞に二言は無い。されるがまま、私は口を閉じていた。

「彼らは必ず追ってくる」

その言葉には嘲笑の色が含まれていた。
取るに足らない。そう思っているのだろう。

ユーリとは違う大きくて冷たい手が、私の首を…首輪を、マフラー越しになぞる。

「犬には犬らしい働きをしてもらわんとな?」

首にはめられた魔導器が、呼応するように光った。

「お前の本当の仕事は、ザウデの真の力が解放されてからだ。
 それまでは露払いとして働いてもらうぞ」

…大丈夫。私はまだ、私を保っていられる。
ユーリは。仲間は、きっと諦めない。だから私も。


海の底。憎い男の横で。愛しい人から下げ渡された刀を、ぎゅっと握りしめた。