貴方に花を


ハルルの樹は綺麗だ。3つの花びらが交わって地上に降り注ぐ様は、安い言葉しか出ないほど幻想的である。
投げ出した足に。丸まった背中に。力を抜いた肩に。色素の無い髪に。
雪のように降り積もって身体が埋もれていくけれど、一向にかまわなかった。

こんなにも穏やかでいられるのは、きっと花びらたちのおかげだろう。
不思議なほど、不安も、不満も無い。
後ろ向きなことなんて考える暇がないほど、絶え間なく癒される。花が身体を包み込んでもうハルルの樹の一部に
なったような気分なのに、それでも、まだまだこんなものじゃないと、空から優しい雨が降ってくる。

はずっと飽きることなくハルルの樹の前にいた。どのくらいこうしているだろう。長い時間が経っているかもしれない。
でもまだ、もう少し、この樹の傍にいたい。春の日向で昼寝をする時と同じくらい、とても心地よい。

まるで、自分自身を全て受け入れてもらっているような、そんな錯覚。

「…ユーリ……」

どうしようもない自分を拾ってくれた、優しい人。
ユーリはハルルの樹に似ている。とても懐が大きくて暖かい。いつもこんな風に守ってくれた。
悩んでる素振りなんて絶対に表に出さなくて、ただただ、不敵な笑顔で、いつも誰かのために     

花びらが、肩から落ちた。

ユーリと一緒にいた女の子がこの樹の不調を治したと、人づてに聞いた。
なら彼はこの樹の咲き綻ぶところを見たのだろう。
自分のように癒されただろうか。少しでも、心が軽くなっただろうか。

放り出していた足に力を入れて立ち上がると、小さな、花びらの滝が流れた。
ユーリから貰ったお下がりの刀を握り締め、は大きな樹を見上げる。

彼はなんでもひとりでやってしまう。辛くても、苦しくても、何も言わない。
自分を置いていったのも、恐らくユーリなりの優しさなのだろう。それはわかっているつもりだ。
でも、ユーリが心配してくれているように、自分だってユーリが心配だ。
見届けることが叶わないかもしれないこんな身体でも、弾除けくらいにはなれる。

「東の…アスピオ」

ユーリたちが向かったという目的地をもう一度確認して、花舞う風景の中、は笑って手を上げた。

「いってきます」

そして花びらを身に纏ったまま歩を進めた。
ハルルの樹のように癒したい、なんて、贅沢は言わない。
ただ、ユーリの負担を少しでも減らせれるように、できることはなんだってやる。

たくさん恩を返そう。今度は私がユーリを守る番だ。