貴方に花を

ユーリさんは優しくて強い。瀕死の人間の面倒を見るなんて、とてもできることじゃない。
回復して動けるようになっても、私を放り出さずいつも心配してくれている。
これ以上迷惑はかけられない、出ていくと何度言っただろう。
でも彼は色んな理由をつけて引き止め、私の「遠慮」を壊す。首を縦には振らない。

私は、ユーリさんのそんな部分に甘えていた。
突然故郷から引き離され降り立ったこの世界は、未知のことばかり。
ここの常識も知らず、文字すら読めない私にとって、数少ない信じられる存在から離れるのはとても不安だった。

私はずるい。ユーリさんにはユーリさんの生活がある。大人の男の人の楽しみだってある。
お酒も女の人も、私がいては不自由が多い。分かっているのに、保身を捨てられず、彼との生活を続けている。
この世界の一通りのことがわかるまで。
そう自分に言い聞かせて、陽だまりに居座った。

その優しさは「幼い女の子」に対する庇護欲だと分かっていながら。

本当の年齢を言い出せない私はやっぱりずるい人間で、ユーリさんにもらった恩を仇で
返しているのだと、そんな思いに囚われていた。





「あの、ユーリさん」

もごもごと口を動かしたまま、向かいの彼は「ん?」と首をかしげる。

「ユーリさんは外でお酒を飲まれたりしないんですか?」
「……どうした、いきなり」

突拍子もない私の質問に、朝食のパンを飲み込み訝しげな表情を作るユーリさん。
私は誤魔化すようにスプーンをスープに突っ込む。玉ねぎが、コンソメ色の中で踊る。

「私はまだ未成年なのでよく分かりませんが、大勢で飲むお酒はとても楽しいと聞きました。
 男性なら尚更そういう機会が多いと思うのですが、ユーリさんは酔って帰ってくるっていうのが、あまり無い気がして……」
「そりゃあ…むさ苦しいおっさん連中を相手にするより、の寝顔を肴にしたほうが楽しいからな」

それに元々酒に強くないんだよ。そう言って最後のひとかけらを口に放り込む。
私の寝顔が下町の人より楽しいわけがない。
きっと、気を使ってくれているんだ。

「気心の知れた下町のみんながいる酒場とか、綺麗な女性がいるお店とか…私の寝顔より、そちらのほうがずっと面白いですよ?
 気になる女性がいるなら、夜のデートに誘ってみるのも楽しいと思いますし」

ユーリさんの楽しみを制限したくない。張り付けた笑顔で必死に口を動かす。
少し冷めたコンソメスープを胃に流し込むが、自分で作ったものは美味しいのか不味いのかよくわからなかった。

「あ、恋人を連れてくるときは言ってくださいね?女将さんのところに行きますから」

ユーリさんは目を丸くしていたが、最後の台詞に眉を寄せた。
小さな女の子を追い出してまで…そう思ったのだろう。
私は構わず空になった2人分の食器を重ねる。服の袖をまくりあげ、しかめっ面の彼をそのままに私は洗い物を始めた。

私が男の子だったらよかったのに。
年は離れていても、同性ならここまで気を使わせることはなかった。
ユーリさんの中で私は小さな女の子。異性というだけでも、扱いに悩んだと思う。
なのに、実は17才と知ったら。もっともっとユーリさんを困らせてしまうかもしれない。

「子ども」だから受け入れて貰えている、許されている部分が大きい。
けれどもう、いい加減、腹を括らなければ。
この世界に来て随分経つ。自分で定めた期限は、とうに過ぎているのだから。

そんな思考を巡らせている私の頭に、とすん、と何かが乗った。

「……ユーリさん?」

彼の綺麗な黒髪が私の耳元を掠める。

「あの……ってあああ、痛いです、痛いですっ」

頭にぐりぐりとユーリさんの顎が押し付けられ、思わず泡だらけのお皿から手を離してしまった。
幸い大きな音がしただけでお皿は割れなかったけれど、彼は特に気にする様子もなく私の腰をがっちり掴む。
そしてため息を大きく吐き不機嫌全開で私の脳天を攻撃し続けた。

よく頭に顎を乗せられることはあったけど、こんな涙目になる悪戯は初めてだ。
何か彼を怒らせるようなことをしてしまっただろうか…懸命にやりとりを辿るも、思い当たる節がない。

「ゆ、ゆーりさん、わたし、なにかしましたか…っ?」
「…お前の脳みそは完全に包囲されている。解放してほしいんなら、言うこと聞け」
「ええええっ」

    このままだとユーリさんの顎も痛いんじゃ。
「わかりました、わかりましたから!」放り出した皿に向かってそう叫ぶと、ぐりぐり攻撃は止まった。

「ん。良い子だ」

後ろから抱き寄せられ、低い声が耳の奥に響く。
驚いて身をよじろうとするも、柔らかいお肉が詰まった私のお腹に腕が回される。
逞しい胸板が私の背中に引っ付いている。すごく、近い。心臓の音が、聞こえてしまいそうだ。

「ユーリさん、あ、あの…」

泡のついた手を不自然に浮かせたまま、背中とお腹に、意識が集中する。

「お、お腹はだめです…わたし、太ってるから、だから、あの……」

ユーリさんは、大人の男の人だ。分かっていたはずのことを、改めて思い知らされる。
触れる部分はほとんど固い筋肉で、力強い。小さな私なんてこうやって抱き込まれたらひとたまりもない。
彼のことだ、きっとスキンシップの一端なのだろうけど。
    密かに恋心を芽吹かせている私にとっては……甘い毒だ。

「あれも嫌、これも嫌……はワガママになったもんだ」
「そ、そんな……っ」

ユーリさんは、こんなに、意地悪だっただろうか?
ずいぶん理不尽なことを言われている気がする。でも、頭がちゃんと働いてくれない。

「こりゃあ、俺のワガママも2回分聞いてもらわないとな」

大きな手がコンプレックスのお腹をゆっくりと撫でる。ぞわぞわと変なものが走って、私は瞼をぎゅっと閉じた。


「まずひとつ。俺を呼び捨てにすること」


予想していなかった言葉に、目尻に浮かんだ涙が、引っ込んだ。

「ふたつめ。俺に敬語使わないこと」

言われた意味を、わたしは理解できないでいた。
呆然と瞬きを繰り返していると、ユーリさんの頬と私の頬が、重なる。

「コラ、返事は?」

私の顔にまた熱い熱が舞い戻る。
赤く染まっていないことを祈りながらなんとか咀嚼して、首を横に振った。
年上の男性、しかも恩人にそんな態度を取るなんて、とんでもない。
ところどころ吹っ飛んだ思考で、できるわけがないと私は噛みながらも訴える。

「……お前のそういうところ、好きだけどな」

都合の良い単語だけを拾ってしまい、また心臓が跳ね上がる。
もう駄目だ。一生分ドキドキしている気がする。そのうち胸が爆発してしまうかもしれない。

「いつまでも他人行儀で、さびしいんだよなー……」

ああああ、ずるい。この人は、ほんとうに、ずるいひとだ。
ユーリさんはよく私のことを犬だ豆柴だとからかうけど、こんな時よほど犬っぽいのは彼のほうだ。
普段は自信満々の狼なのに、私の意思が強固と知るや心細そうな犬になる。

「挙句、外で遊んで帰ってもいいなんて言われたらな……で遊ぶのが一番楽しいってのに………」
「……う………」

聞き捨てならないところもあるけれど、でも、言っていることは真っ当だと思う。
この部屋はユーリさんの家だ。くつろぎたい空間で、堅苦しい敬語なんて誰だって聞きたくない。
その上、夜遊びしてほしいなんて余計なお世話だ。

「…ごめんなさい……私がいるから、ユーリさんは自由にできないんですよね………」
「……?」

私の本当の年齢を知れば、ユーリさんはもう何も心配しなくていい。
私を引き止めるために変な嘘をつかなくて済む。
私がいなくなればユーリさんは元の生活に戻れる。

このぬくもりをずっと感じていたい    それは、私だけの勝手な気持ちだ。
これ以上、ユーリさんを振り回しちゃいけない。

「私、ほんとうは、ユーリさんが思ってるほど幼くないです。十分、一人立ちできる年齢なんです。
 小さいからって気にかけてくれるユーリさんの優しさに、ずっと甘えてました。
 そもそも私がこの部屋を出ればいいんですよね……気を使わせてしまって、ごめんなさい」

捕らえていた腕の力が、緩む。
顔を見る勇気は出せなくて、うつむいたまま言った。

「すぐに荷物をまとめます。……ご迷惑おかけしました」

ついに拘束は解かれ、私は手を伸ばして蛇口をひねる。
泡が、皿に落ちて流れていく。洗ってから出たほうがいいかもしれないが、情けない話、この雰囲気に耐えられる自信がなかった。

ユーリさんには本当にお世話になった。なのに私の意気地がなかったせいで、こんな終わり方になってしまった。
何故もっと早く誤解だと言えなかったのだろう。
今となっては、怖がっていたことなんてちっぽけに思えてならない。

「俺は、」

絞り出すような声が、私の背中にぶつかる。

「嘘を言った覚えはねぇよ」

しばらく、水の流れる音だけが響いていた。
我に返り慌てて蛇口を回す。濡れ手のまま振り返ると、小さくなった彼の背中があった。

「……ユーリさん?」

腕を枕にしてベッドに寝転がっている。下に放り出されたスリッパは片方がドア近くまで
転がっており、無造作に脱いだのだと容易に想像ができた。
みし、みし。私が踏み出すたび床が悲鳴を上げるけど、ユーリさんはぴくりともしない。

「あの、ユーリさん……」

恐る恐る上から覗き込むと、彼は黒い瞳だけを動かして言った。

「…ひとり暮らしがどれだけ侘しいか知らないだろ」
「え」

いつもの勇ましさからは想像できない声色で、私を睨みつける。

「ひとりで食事作ったって面白くねぇし、洗濯物だって後回しになるし、片付けなんてやる気にもならねえ。
 誰もいない暗い部屋は洒落にならないほど冷え切ってるんだからな」

彼の肩ごしに見える表情は、この上なく真剣だ。
大真面目におひとり様の現実をつらつらと並べていく。

がいるから、まともな生活しようって思えたんだけどな……」

そして最後にはため息。また視線を壁に戻し、むすっと口をへの字にしている。
「ユーリさん、あの…」恐る恐る呼びかけてみるも、ユーリさんは変わらずだんまりで、背中を丸めたまま無反応。
こんなことを思うのは失礼だけど、なんだか、拗ねた子どもみたいだ。

私と一緒が楽しい。それは嘘じゃないと彼は言った。
…私がやったことなんて、家事と、交代制の食事当番だけ。
それすらも、最初は不慣れな環境に戸惑い失敗ばかりで、女将さんやラピードがいつも助けてくれた。
最近やっとそれなりにこなせるようになったが、まだまだ、クリアしなければいけないことは多い。

けれど、それでも、寂しいと言ってくれる。
今までがむしゃらにやってきたこと、そのひとつでも、ユーリさんの役に立ててたのだろうか。

「家事を上手にできて、部屋を暖かくできる女性は……私より素敵な方は…たくさん、います」
「…………………………」

水に濡れたままの指先が、冷たい。
ユーリさんの大きな手から無理矢理視線を外し、ベッドの前に小さく座る。

「………、それに、私が…子どもじゃないってわかると、きっと良くない噂が立ちます…
 ユーリさんはいつも下町のために頑張ってるのに、もし、なにかあったら……っ」

私は居候にくせに彼の優しさに溺れ、不釣合いな恋情を抱いている。
これを、他の人が見たらどう思うだろう。
女性の勘は鋭い。ユーリさんが恋人にしたいと思うひとに、不信感を与えてしまったら。

ふいに、暖かい手のひらが私の頭をゆっくりと撫でる。
驚いて顔を上げると、いつの間にかユーリさんは仰向けになって私を見ていた。

「…俺の評判なんて大したもんじゃないだろ。むしろ、お前のほうが受けがいいぜ?」
「え、な、なんで……」
「下町の問題児に、ようやく嫁候補がきたってな」

…それは、どういうことだろう。初めて聞く自分の評価(というか扱い)に、言葉がでてこない。

「ハンクスじいさんなんか大喜びだぜ。なにせ頑張り屋で働き者、その上俺の手綱を握れるしっかりしたお嬢さんだからな」

この子逃したらお前一生独身じゃぞ、しっかりつかまえておけ!
ユーリさんのちょっと似ている声真似に、私の視界が白くなった。

私は下町でユーリのお嫁さん(仮)になっている……?
みんなは私のことを、小さい子どもだと思ってるんじゃ…掠れた声で問うと、何人か薄々気づいているし、
まあ本当に小さくても数年待てばいいというおおらかな結論らしい。

「俺好みのカクテルとつまみ作って、ずっと笑顔で晩酌に付き合ってくれて、二日酔いの朝は優しく起こして
 生姜湯用意してくれるんだぜ?じゃなきゃ、できねぇよ」

ちがう、買いかぶりだ。特別なことじゃない。誰にだってできる。
そう言いたいのに、ユーリさんの表情が、私を見つめる目が、すごく優しげに見えてしまって、首を振るのが精いっぱい。
お願いだから見ないでほしい。勘違いしてしまいそうだ。頬どころか体中が意識して、ふるえてしまう。

「俺は今、外の付き合いより、との時間のほうが楽しいんだよ」

にやり。ユーリさんは不敵に口端を上げる。
あ、と思ったときには、世界は回転していた。

気づいたら、彼は真上にいた。ベッドに沈んだ私を、変わらず優しい、でもどこか意地悪そうな色を忍ばせて見下ろしてくる。
押し倒されたのだと気づき、抵抗するも、腕に力が入らない。
服の上を滑るばかりの手を掴まれ、冷えた指と彼の指が絡まる。
逃げようと手を引くけど逃がしてくれなくて、ユーリさんの体温が冷たさをほどいてゆく。

「周りがなに言ったって、決めるのは俺たちだろ?だからもっと堂々としてりゃあいい。
 年がいくつだってかまわねぇよ。俺はがいいんだ。傍にいてくれれば、それだけで十分ってもんだ」

私が並べた理由を、ひとつひとつ、ユーリさんは笑って打ち消す。
欠陥を抱えた身には、もったいない温もりだ。
申し訳なくて、でも嬉しさを隠すことも難しくて。

同居人として申し分ないと言ってくれている。求めてくれている。
なら、もう少しだけ。彼のとなりで、笑顔を望んでもいいだろうか。

「…わたしも、ユーリさんと一緒の時間はうれしいです……」

窓から下町を眺めるユーリさん。ラピードのブラッシングをするユーリさん。熱心に剣の手入れをするユーリさん。
楽しそうに料理をつくるユーリさん。気持ちよさそうに昼寝をするユーリさん。
視界に私が入ってなくてもいい。ただそこにユーリさんがいるだけで、とても楽しくて、しあわせだ。
もっと名前を呼んでほしいとか、頭を撫でてほしいとか、そんな不相応の我が儘は呑み込むから。

「………やり直し」
「え?」

不機嫌な声と共に両手がシーツに押し付けられる。

「さん付けナシ。敬語ナシ。はい、もう一回」

…そういえば、そんなことを言っていたような。
今更ながらユーリさんのお願いごとを思い出し、私は口を引き結んだ。

目上の人に対してきちんとしなければいけないというのは、私の自己満足にすぎない。
この部屋に残ると決めた以上、ユーリさんが過ごしやすいように、砕けた振る舞いも必要なんだ。

「…ユ…、…………、」

沸騰してごちゃごちゃな頭の中で、必死に相応しい言葉づかいを繰り返す。
自分の心臓の音を耳元で感じる。気のせいか、彼の体温がどんどん近くなっているような。
間違っていつも通り喋ると、お仕置きされそうだ。
でこピンとかならまだいいけれど。この雰囲気でそれは無いと本能が忠告する。

「………ユーリ、と……一緒が…いい、な……」

いっぱいいっぱいで紡ぎだしたのは、大事なところが虫食いで抜けた、まるでおねだりするような台詞だった。
まちがえた。これじゃ甘えてるみたいだ。火照った顔を隠したいけど、身動きが、取れない。

「ご、ごめんなさい。そうじゃなくて…あの、ごめんなさい、変なこと言って………わあっ?!」

ぼすっ。突然、ユーリさんが倒れるように枕に突っ伏した。
下にいた私は当然ベッドと彼に挟まれる形となり、驚きと恥ずかしさにもがく。
ユーリさん?!大丈夫ですか?!その問いに、彼はお仕置きだと呟いて、そのまま私をぎゅうっと抱きしめる。

よくよく考えれば、ベッドの上というだけでもあまり良いものではないのに。
今はさらに、とんでもないことになっているんじゃ、ないだろうか。

「……どこが子どもだっての…………」
「え?」

近くで聞こえた呟きは、埋めた枕にほとんど消えてしまった。
聞き返したいけど、私はそれどころじゃなかった。好きな人ととても近くて、あつくて、しにそうだ。
彼の体がすごく重い。苦しいはずなのに、私のなにかが、もっと苦しくてもいいと感じている。

「………………」
「は、はい」
……」
「………ユーリ?」
「…………ん………………」

…名前を、呼んでほしかったのかな。
広い背中にそっと触れると、私を閉じ込める腕の力が強くなった。

ずっと、ずっとこうしていられればいいのに。

ずっと、独り占めできたら、いいのに。


身体中に感じるユーリの力強さが、私の思考を、知らない色で染め上げていく。











(…………寝たか……?)

そっと視線を上げると、はあどけない顔で寝息を立てていた。
うっかり押し倒してしまったが、とりあえずこれで言い訳は立ちそうだ。
…正直今も理性が飛びそうだけど、まあ(無意識に)煽られないだけマシか。

「………疲れてるんだよな……」

数分もしないうちに寝入ってしまった
腹が満たされ横になっただけが、原因じゃないだろう。

の主な仕事は箒星が中心で、合間に下町の手伝いもしている。
加えて俺の世話までしているから、朝から晩まで働きづめだ。
なりに自分の立場を気にしているのだろうけど、最近は自分を追い詰めているようにも見えた。

…それが蓋を開ければ、俺の娯楽と体面の心配だったとは。
ただ彼女の生真面目な遠慮を取っ払おうと、軽い気持ちで行動したのだが、思わぬ収穫だ。

そもそも、は大きな勘違いをしている。

俺にしてみれば、子どもじゃなかったのは嬉しい誤算だ。
数年、待つ必要が無くなった。今すぐ抱きしめて口づけても、問題は無い。
まだ怪我が完治したばかりで、生まれたてのようなものだから、我慢しているだけ。
好きな女とひとつ屋根の下。
…こんなおいしい状況を手放すものか。

そう、しばらくは我慢するが。
この良い匂いにいつまで理性がもつか保証はない。

「……いっそ、襲っちまうか」

人の気も知らないで、外で遊んでこいだの、恋人が来たら追い出せだの…。
むしろお前はこの部屋から出るな、他の男に愛想振りまくな、だ。

「くっそ」

邪念を振り払うように毛布を引き上げる。
抱き枕よろしくを抱き寄せ、小さな鼻にちゅっとキスを落とす。

やっぱり、寝顔かわいいな。

俺も瞼を落とし、ぬくもりに身を委ねた。



数日後。尾びれがつきまくった噂について、俺は幼馴染に詰め寄られる
ことになるが、それはまた別の話。