君に花を

「あのね、それでね、」

が、たのしそうに笑う。真ん丸な目を細めて、小さな口を大きく開けて。
弾む気持ちを抑えきれないのか、時折頭が揺れている。子どもみたいだ。

「パティちゃんがね、ラピードがね、」

大人しそうに見えて、はおしゃべりが好きだ。
カロルが驚いて。リタが怒って。レイヴンが逃げて。エステルが慌てて。ジュディスが笑って。
内容は珍しくもない些細な出来事ばかりだが、楽しいと思ったことは、どんなことだって嬉しそうに話す。

「笑っちゃったんだ、だって、」

つないだ手から、ちょっと熱いくらいのぬくもりが伝わってくる。
大好きな声に耳を傾けながら歩く。
たったそれだけのことが、こんなにも。

聞いて。聞いて。ユーリ。今日、こんなことがあったの。

楽しかったから。嬉しかったから。つられて笑顔になれば、はもっと笑顔になる。
するとこっちももっと嬉しくなって、ももっと楽しくなって。

「ジュディさんがとぼけちゃって、」
「うん」
「リタちゃんが照れちゃって、」
「うん」

が感じたことに触れられるのが楽しい。
一緒とまではいかなくても、似たような気持ちになれるのが、嬉しい。
楽しい。嬉しい。この繰り返しを、幸せと呼ぶのだろうか。



   でも俺は。欲張りだから。
愛らしい陽だまりに、そっと問いかける。

のこと、もっと、聞かせてくれよ」

誰か、じゃなくて。
が、どうしていたのか。

「言っただろ?を肴にするのが、楽しいって」

意地悪にわらってみせると、は唇をとがらせた。
いつもにこにこしている彼女にしては、ちょっと珍しい表情だ。今日の俺の出来事、だな。
ただ、無邪気なとちがって、俺はだれかに話す気などさらさらないが。

「私は、ね」

きゅっと、俺の手を強くにぎる。
は、やっぱり笑った。楽しそうに。嬉しそうに。

「ユーリがね、たくさん話を聞いてくれたの。笑って、頷いてくれた。それが、」

今日の私の、話。

そう言って、は照れくさそうに、笑った。
俺も柄にもなく恥ずかしくなって、思わずつないだ手に力が入る。
うれしいのが隠しきれない。顔が、かっこわるいほど、赤いかもしれない。
それでも今は、目をそらしたくなくて、どうとでもなれと、俺は笑ってみせた。

「おまえの話なら、いくらだって聞けるぜ?」

優しく、笑えていますように。

「できることなら、聞き役は、俺一人で独占したいな」

手を繋いで歩くなんて、考えたこともなかった。こんな穏やかな気持ちも、知らなかった。
恥ずかしそうにうつむく女の子を見て、甘酸っぱい感覚を覚えるのも、が、俺の前に現れてから。

「いつも、楽しくさせてくれて、ありがとな」
「…私、なんにも考えてないよ?」
「それが、いいんだよ」

遠慮しがちなの、大切にしたい一面。
些細だけど、大事なひととき。俺がまもりたいのは、きっと、こういう時間だ。
俺は、なんとなく、の指に、自分の指を絡ませた。いわゆる恋人つなぎ。
俺たちは兄妹じゃない。この子は、俺の予約済みだ。
まわりに見せつけるように、やさしく、つよく、ちいさな手をにぎる。

俺を見上げるの瞳は、太陽の光をうけて、きらきら輝いている。
差のある身長だから、みることのできる、おおきな黒水晶。

「ユーリ、あのね、」

聞いて。聞いて。
私が。ユーリが。みんなが、ね。

もっと、声をきかせて。
もっと、笑顔をみせて。
おまえが楽しいと、おれも、楽しくなる。
そんな俺をみて、おまえは、よろこんでくれる。

ずっと、ずっと、この時間が、繰り返されますように。