ある日、猫を連れて帰った。滅んでしまった国から、黒猫を。 予告を受けていた、報告を受けていた者以外、目を丸くして驚いた。 そりゃそうだろう。国の王が、気を失った”大きな猫”をお持ち帰りしたのだから。 人間の為りをしたその猫は猫であって猫でなかった。 頭に大きな獣耳。尻には髪色と同じ尻尾。猫人間、と言った風が割に合うのかもしれない。 しかし拾い主であるコンヴィクは、誰になんと言われようとこの子は猫だと思っていた。 小柄な体躯に、しなやかな四肢。垣間見たパッチリとした猫目。寝顔だって猫らしい。 親衛隊隊長の茶々を受け流しながらメイドから古着を募集した。 猫は女の子だ。ボロボロの服のままでは可哀相過ぎる。 それに猫はコンヴィク曰く愛らしい容姿をしていた。着飾れば、もっともっと可愛くなるはずだ。 彼女用に部屋も整えた。ベット、タンス、机。必要なものはすべて揃え、ついでに内装も変えてみた。 位置はコンヴィクの私室の隣のため、これならいつだって相手をしてやることができる。 「お前は保護者か。」 親衛隊隊長にもっともなツッコミを受けた。だが悪い気はしない。重傷かもしれない。 娘がいるって、こんな気分なんだな。そう爽快な笑顔で言ったら微妙な顔をされた。失礼な。 「可愛い子じゃないか。」 「外見はな。これで性格最悪だったら俺マジで引くから。」 「あちらで少しだけ話をしたけど、素直で良い子だよ。」 「少し、だろーが。自分勝手そうな顔してるってコイツ。」 今だ目を覚まさない彼女を前に、コンヴィクの親衛隊隊長は堂々と文句を垂れた。 「大体、誰が世話するんですかー。俺、嫌だから。」 「ロイスに任せようとか全っ然思っていないから安心してくれ。」 腕は確かだが女にルーズで遊びまわっている彼をばっさり切り捨て、寝返りでめくれてしまった毛布を掛け直してやる。 広いベットで身を丸くしてすぅすぅと小さな寝息を立てる猫。 絹のように綺麗で長い黒髪を掬い、コンヴィクはふんわりと笑う。 「俺がこの子を守るよ。」 「言うと思った。公務はどーすんだよ公務は。」 「優秀な親衛隊隊長兼補佐官が居るからな。大丈夫大丈夫。」 「大丈夫じゃない。俺の仕事量が大丈夫じゃないから。」 「この子は赤が似合いそうだなぁ。今度黒フリルのついた服を作ってみようか。」 「無視かよ。」 うきうきと服のデザインを描きだした王らしくない王に、ロイス親衛隊隊長は深いため息をついた。 国民から愛されて止まない国王だが。身近で接している身としては苦労ばかりだ。 「う・・・・・ん・・・・・」 小さな声が唇から漏れ、猫の睫が微かに震える。コンヴィクはスケッチブックを床に置き、ベットに身を乗り出した。 「起きたかい?大丈夫?」 猫は数回ゆっくりと瞬きをして、ゆっくりと顔を上に向ける。 開いた瞳はやはり猫目に酷似していて、その色は深く落ち着いた紅。 毛布の隙間からふさふさした尻尾がひょいっと顔を出し、ゆらゆら揺れている。 「どこか痛いところは、ないっ?!」 顔を覗き込もうとすると顔ではない肌色が下から伸びてきた。 猫の拳とコンヴィクの顎がぶつかった瞬間、鈍い音が部屋に響き彼の体は見事吹き飛ばされる。 「てめえっ!」 「 ロイスはすぐさま猫の首元を押さえつけ、ベットに沈ませた。 先程の寝ぼけ眼はどこへいったのか、猫目は鋭く全てを睨みつけ、放せと言わんばかりに手足をばたつかせている。 ふーッ、ふーッと、激しく息を吐くその姿はまさしく猫そのもの。 耳も尻尾も毛を逆立たせ全身で警戒心を露わにしており、嫌がるように触れられている箇所を掻き毟る。 「誰を殴ったか分かってんのか!」 トルタスク王国親衛隊隊長。その肩書きを持つロイスは容赦なく猫の首を絞める。 我らが王を傷つけるような輩は、例え誰であろうと徹底的に抹消する。か弱い女、子どもであろうとも、だ。 「ヴィク、やっぱコイツ報告書通りの危険人物だわ。今のうちに殺っとこうぜ。」 「やめ・・・ゴホッ、止めるんだ、ロイス!」 「止めないね。こんな玩具、生かしておいても仕方ないだろ。」 「それは俺たちが決めることじゃない!その子が決めることだ!」 ロイスの肩を掴み声を張り上げた。ロイスの力も、猫の動きも、思わず止まる。 「これ以上、他人の都合でこの子の人生を潰させたくないんだ・・・!」 やっとあの国から解放させてあげられた。だから、これからは少しでも・・・・自由に。 コンヴィクの絞り出すような声色に、細い首に巻きついていた手が静かに離される。 それと同時に、ロイスの手を払いのけるように猫は身を起こし、喉元を押さえて堰を繰り返す。 「それに・・・俺を殴ったのにはちゃんとした理由があると思うし・・・・・」 アッパーを決められた顎をさすりながら、苦笑いして見せた。 顔を強張らせていたロイスだが、王のなんとも間抜けな姿に思わず口端を緩める。 「お人好し。」 「なんとでも。」 猫はそんな笑い合っている2人を見上げる。ベットに座ったまま、怒り冷めやらぬ目つきで。 長い長い黒髪が白いシーツの上を流れて、彼女の身体を包み込むように散らばっている。 はっきりとした輪郭の猫目は、とても大きく印象強い。 そのせいか顔立ちは幾分か幼く見えた。小柄な体格も相まっているのだろう、幼女のようにも思える。 コンヴィクは、柔らかく笑って見せた。安心させるように、怒らせないように。 だが猫の表情は険しいまま、威嚇の格好でずりずりと身体を引く。 「大丈夫だから。君の怒っている理由が、何となくわかるんだ。」 それでも猫は緊張感を解かない。寧ろ何が分かると言わんばかりに眉を寄せる。 仕方ない、と思う。特殊な事情を抱えながらにして、この子はまだ何も知らない真っ白な状態。 だから自分以外は信じることができず、全てのものが疑いの対象でしかないんだろう。 この広い世界の中で、確かめられるのはたったひとつ、自分自身だけなのだ。 「とりあえず・・・此処は、怖くない所だよ。あの紅い髪のおじさんが先走っちゃったけどね。」 「俺がおじさんなら同い年のお前もおじさんってことになっちゃうなぁ、あっはっは。」 「俺も、この紅い髪のお兄さんも。君を傷つけようなんて思ってないから。」 ポケットをごそごそ漁りながらベットに腰掛ける。 猫は相変わらず身体に力を入れたまま。だが表情が少しだけ、ほんの少しだけ警戒のランクを下げたように見えた。 「君が怒っている原因は、これじゃないかな?」 目の前に差し出すと、猫の鼻がひくひくと動いた。あまい、あまい匂い。 猫はじーっとコンヴィクを上目遣いで見た。 疑いと好奇心が混ざり合った色で、彼の手に乗せられているものにお伺いを立てるように。 「お腹が空いていたんだろう?」 そう言うと同時に、彼女からか細い腹減りの悲鳴が響く。 んな馬鹿な。ロイスが横で絶句する。 視覚と匂いで害の無い食べ物と判断したのか。猫は彼が持っていたクッキーを口で引ったくった。 白いままで良い。 それこそが、彼女の生まれた理由なのだ。 NEXT→ 09/11/8up |