ドリーム小説


暗く冷たい、石造りの神殿。
最深部に辿り着くには、迷路のような部屋を抜けなければならない。
崇高なる者に会うための試練にも似た巡礼の道。
ここを建てた人間たちは、何を思い、何を願ったのか。
始祖の霊長。世界のバランスを保つ者。
昔のヒトにとっては神に近い存在だったのだろう。

ならばここは神の棲み処と言っても過言ではない。
…本来俺にとっては縁遠い場所だ。

「彼らは必ず追ってくる。そのための切り札だ、丁重に扱え」
「はっ」

狭い空間で反響する俺の一声に、忠実な部下は背筋を伸ばす。
その後ろ、甲冑を着込んだ騎士に囲まれている少女。
両手を縛られ床に転がされているせいか、小柄な体も相まって、いつになく小さく見えた。

「………」

まだ目を覚ましていないのは幸か不幸か。
彼を怒らせるなら、意識が無くとも事足りる。
にとって俺は『レイヴン』のままのほうが良いだろう、きっと。

でも、もし、あの宝石のような大きな瞳に、この姿が映った時。
何を感じるだろう?絶望?怒り?それとも……。

「やめて!もうやめてください、アレクセイ!」

始祖の霊長の悲鳴と共に、悲痛な声が響く。
シュヴァーン隊が待機している隣フロアにも眩い光が溢れる。堕ちた満月の輝きだ。
独りで輝けない星は、騎士団長の手によって今、存分に力を奮っているのだ。
もうすぐ。月を求めて星たちが駆けつける。そこで    終わりだ。何もかも。
彼女と共に、偽物の心臓も、生きる苦痛も無い、静かな世界へ。

「アスタルよ。自分を祀った神殿で最期を迎えるというのは、どういう気分だ?」
「おの…れ……に…んげ…ん…」
「くくく、姫よ。こやつの苦しみを取り除きたいのであれば、あなたの癒しの術で
 癒してやればよろしいではないですか」
「……くっ………」
「はっはっはっは!あなたは無力だ!一人では害を為す毒でしかない!それがよく分かったでしょう!」

団長の笑い声を遮るように足音が被る。複数。バラバラで、けれど力強い。
やはり来たか。刀がぶら下がっている下緒を握り直す。

「エステル、無事か!」
「エステリーゼ様!」
「エステル!」
「助けに来たのじゃ!」

ひとりはみんなのために。みんなはひとりのために。
体現するかのように得物を手に最奥部に雪崩れ込む若者たち。
予想通りの行動に、どこかほっとしている自分がいた。

「………ん……」

そんな間抜けな己の傍らで、気を失っているはずの少女が呻く。
騒音が一気に遠のく。振り返ると、白い睫が、震えていた。

「……ユー…リ………?」

シュヴァーン隊の誰もが注視している中、何も理解していない頭が持ち上がる。
…泥沼の意識を引き戻すのは。
反応するのは、いつだって焦がれる男の声なのか。

ぼんやりとした表情で、俺を見る
虚ろな瞳に、空ろな俺が映っている。

「……ッ?」

拘束された両手に気づき、即座に体を起こし手を捩った。
縛られた自分、周りには多数の騎士。どう考えても尋常な状態ではない。
置かれている状況を察し、は騎士たちを睨み上げる。

「…そんなことをしても無駄だ」

だが、鋭い双眸はすぐに和らぐ。

「その、声……」
「………」
「おじさま、ですか?」

こてん、と。首をかしげる彼女。
張りつめた空気に相応しくない仕草が、俺の何かに火を落とす。
君はいつだってそうだ。気を許した奴には、とても無防備で。

「……おじさまは、騎士、だったんですね」
「………………」

てっきり罵倒や恨み言を言われると思っていたのに、彼女の口から洩れたのは拍子抜けする感想だった。
滲む戸惑いを押し隠し、淡々と告げる。

「騎士団長の目的遂行のために、お前には囮になってもらう。女を盾にされて、
 ユーリ・ローウェルが剣を振るえるか…見物だな」
「その、ために…私を、捕まえたんですか?」
「お前は、お前が思っている以上に価値がある。存分に利用させてもらおう」

感情の種類は違えど、俺とユーリには君が必要だ。
彼女自身その意味を理解していなくとも、物事は残酷に進む。

「おじさま……」
「…俺はシュヴァーンだ」

落胆ではない。寂しさでもない。
何色でもないか細い声が、どこか痛い。
君が思い描く、あの男ではない。もう、いないのだ。

「それでも……おじさま、なんです」

掻き毟られる。
死んだはずの心が。失ったはずの心臓が。
否定も肯定もしないの言動が、よく分からない熱を生む。

「……時間だ」

背を向け、この神殿の主の部屋へと足を踏み入れる。
レイヴンでもシュヴァーンでもなく、おじさま、と。
そう呼ぶ君の中の俺は、一体どんな姿をしているのだろう。

「わからない、私は……みんなと……でも…!」
「っ?!エステル…?!」

友人の悲痛な叫びに思わず立ち上がろうとしたを抑え込む騎士たち。
切羽詰まった仲間の声に、彼女は唇を震わせ、零れそうなほど目を見開く。

「四の五の言うな!来い!エステル!わかんねぇ事はみんなで考えりゃいいんだ!」

人の手に堕ち嘆き悲しむ囚われの満月に、星たちは懸命に叫ぶ。
たとえ彼女が己の運命に躊躇い、仲間の手を取ることができなくても。
不安定な未来すら一蹴する勢いで、強く望むことを止めない。

それでも。
世の中には、足掻いてもどうにもならない事があるのだ。

「おじさま、エステルが泣いて……ねえ、何がどうなっているの?!おじさま!」

仕事を終えた騎士団長とすれ違う。
俺に与えられた役割は殿だ。…この人の姿を見るのも、今日が最後だろう。

「お前が玩具を望むとは珍しいこともあるものだ。その分の仕事はしてもらうぞ?」
「………………。」

真っ直ぐ生きる若人の前に出る。鎧と鎧が鳴り合う。石畳に跳ね返る無機質な音。
騎士の鎧など今まで腐るほど着てきたのに、何故だろう。今になって鉛のように重い。

「エステル!」
「あんたたち、そこをどきなさい!」

魔導士少女は今日も元気だな。場違いなことを思いながら、長く伸びた前髪からかつての仲間たちを見据える。

「な…シュヴァーン隊長?!」

普段は冷静沈着な若い騎士が驚きの声を上げる。
そういえば、今は凛々の明星に同行していたか。
彼の判断は吉と出るか、凶と出るか。ここで終わる俺には関係の無い話だが。

あの虚像とあまりに様相が違うためか、目の前にいても誰も何も気づかない。
彼らが見ているのは、隊長主席シュヴァーン。それ以上でも、以下でもないようだ。
そんな中、じっと俺を見据えている者がいた。
人間のように賢いユーリの相棒は、気づかないと思ったのかと言わんばかりに吠え立てる。

「…やはり、犬の鼻はごまかせんか」

予想通り、真っ先に気づいたのはラピードだった。軍用犬に負けず劣らず、優秀な犬だ。

「……この声…まさか……レイヴン?」
「はえ?おっさん?どういうことじゃ?!」

浮足立つ彼らを『レイヴン』とは似ても似つかない眼光で突き放す。

「…俺の仕事はお前たちとのお喋りではない」

待ちに待った瞬間だ。
早くこの楔から。作り物の心臓から。適当に塗り固められた己から。
苦しみ続けるしかない業から。解放を。

「…本気でやり合うつもりか」
「冗談…ってワケじゃなさそうね」

クリティア娘の槍を持つ手が、かすかに震えている。
躊躇いなど今はいらない。長年の望みの前では邪魔なだけだ。
お前たちの大事な仲間を攫い。道具のように利用し、苦しめているというのに。
…得物を振るうに、まだ理由が足りないか?ならば、とっておきを出そう。

「……俺は本気だ」

控えていた部下が、戸惑う彼らの前に、縛られた少女を引きずり出した。

「あうっ」
「な……っ」

ユーリが石のように固まった。
おじさま。懇願するようなかすれた声は、容易く空気に溶ける。

「……………?」
「ど、どうしてが…?!」

そして取り上げた彼女の刀を、ユーリたちに向けた。

「…おじさま……やめて………」

この得物はユーリのお下がり。にとって、大切なものを守る武器。
それが今から、仲間たちの血を吸うことになる。

「姫と同じく、この体も利用価値があるのでな。」

青年の顔が、憎悪に歪んだ。

             ッ!」

激高。狼のように飛び出し躊躇いなく剣を振りかざす。
そうだ、それでいい。

「近いうちに死ぬのだから、今死んでも変わりはない」
「…ッ?!どういうことだ…!なんのつもりだ!」
「彼女は、もう長くないということだ」

やめて、おじさま。…何か聞こえたかもしれないが、気のせいだろう。
君は。ユーリへの想いに囚われて苦しんできた。このままではどこに行ったって解放されない。
だから、抱えている荷物を下ろしてしまおう。

「彼女は病気だ」

がひた隠しにしていた事実に、激しい剣戟が緩む。

『ユーリは何も言わない。何かあっても、何もないとしか言わない』

恋い慕う彼が頑張らなくてもいい場所を作ること。不器用なが唯一できる、愛情表現。
けれど、今から行く所は   きっと、そんな風に頑張らなくても良い世界だ。
この世と繋がってしまうような糸など、全て断ち切ってしまおう。

「…ッ!おじさま、だめ!」
    …エアル適応障害。もはや、普通の生活を送れる状態じゃない」
「な……っ」
「…や…あ、ぁ……」

最も恐れるお荷物になり。そして真実を暴かれ。
一瞬。2人の視線が、かち合う。
一番避けたかった、望んでいなかった顔が。疑念の瞳が。を捕らえた。

「いやあぁあああぁあ!」

愛する少女の泣き声に動揺したのか、ユーリの剣が弾かれ宙を舞う。
がら空きになった腹に柄を打ち込み、に見えるよう、仲間の方へ殴り飛ばした。
……これで。彼女の枷は無くなった。もはや残る未練などないだろう。

「ッ!」

吹っ飛ばされたユーリを追い抜き、フレンとジュディスが踏み込む。
一本の刀に加え鞘も使い応戦するが、年齢に似合わぬ重い威力に身体の均衡を保てない。
その隙を逃さず、数えきれない火の玉が走る。

「あんたなんて……大ッキライよッ!」

涙交じりの絶叫と共に雷撃も落ちる。体勢が、立て直せない。

「ユーリ、しっかり!」

立ち昇る煙の合間に見えたのは、かろうじて受け身を取ったユーリの足元で輝くスタンプ。
絶妙に舞う弾丸の中、宙の戒典が弧を描き投げられる。

「うちが援護する!今じゃ!」
「ワウッ」

青年が地を蹴る。柄を握り締める。懐に入り込み彼と交える剣筋に、迷いはない。

「レイヴン !」

憎悪の垣間に見える、炎のごとく強烈な意思。
見たことのない形相だった。
虚無感に支配されているはずの体が、熱い。
作り物の臓器がチリチリと火花のような痛みを放つ。

「お前に何ができる?」

彼女に寄り添ううちに絆された心が、目の前の男を睨んだ。
気づきながら、気づかなかった男が。
切っ先が黒い袖を掠める。血が、薄暗い光景の中鮮明だった。

「……貰ったモンを、100倍にして返すだけだ!」

後ろの彼女が、のろのろと顔を上げる気配がした。
愛しい者の真実。突然の宣告は、ユーリにとって青天の霹靂のはずだ。
けれど石の床をしっかり踏みしめ、真っ直ぐ俺を見据える。
この目はどこかで見た。どんな姿、どんな現実であろうと、受け止め尚進む   。

は優しい。仲間思いで、働き者で、いつも誰かのために頑張ってる!」

恥じらいもへったくれもありゃしない。
褒め言葉を臆することなく並べる光景を、旅の途中何度も見てきた。
これは彼女の専売特許。ユーリの中に根付いているそのもの。

「あいつは良い女だ!散々甘やかされて、それでも腑抜けてないこの俺が……その、証拠だッ!」

、君の影響は。君が辿ってきた道は、確かに存在している。
だって、彼は本来大っぴらに愛を語るような性格じゃないだろう?

(…ああ。そういうことか)

ユーリの強さに、君は必要なんだ。君が与えたものが、大きな熱情となって奮い立たせ、どんな苦境も
モノともしない。その強い気持ちはきっと。巡り巡って、繋がって、100倍の愛情として返ってくるだろう。
と一緒のユーリなら……絶望も覆るかもしれない。

    ならば。一緒には、逝けないな。

幾度かの攻防の後、俺は笑みを浮かべ、手を緩めた。
瞬間、ユーリの鋭い一刀が胸を切り裂く。

「ぐっ」

視界が、赤く、あかく、染まった。

「なっ…」
「これは?!」

血の色に似た、禍々しい、光。
激しい衝撃を受けたはずなのに、輝きは見慣れたままのもので憎らしいほど変わらない。

「……ふ………今の一撃でも、死なないとは……因果な身体だ………」

ユーリは手加減なしに剣を振っただろうに、まだ、足りないのか。
胸に埋め込まれた心臓代わりの魔導器は、相も変わらず脈を打っている。
さながら心臓が剥き出しになったような姿。驚き声も出ない仲間に、薄く笑ってみせる。

「……自前のは、10年前になくした」

戦争で何もかも失った。体も。想い人も。自分も。
こんなもの埋め込まれ生き返ったところで、しょせん死の世界を味わった死人。生きている人間と並べるわけがない。
それでも、生命力が尽きない限り、ニセモノは動き続ける。

「おじ、さま……」

涙で揺らめく黒水晶が、また、大粒の滴をこぼした。

「…おじさま………っ!」

    宝石のように見えたと言ったら、笑うだろうか。

散々な事をされているのに、なのに、の瞳は変わらない。
どんな姿をしていても。どんな事をしていても。
…きっと彼女にとって、俺は『おじさま』なのだろう。

「………魔導器が、心臓の代わりを果たしているのね」
「そん、な……」

愛してやまない魔導器が、文字通り人間の一部になっている。リタは、力が抜けたように膝をつく。
エアルではなく、俺の生命力で動く心臓。
生命力で動く、など。まるで普通の人間のように聞こえるから、滑稽だ。

立ち尽くす彼らを見計らかうかのように、地面が、大きく揺れた。

「なに?!」

人工的な揺れに古い神殿が耐えられるはずもない。
轟音と共に大小のがれきが降り注ぎ、あちこちに山を作っていく。

「た、大変じゃ、閉じ込められたのじゃ!」
「……アレクセイだな。生き埋めにするつもりだ」

おびき出された宙の戒典と一緒だ。自分も、もはや不要の剣。
転がったままのの前に腰を降ろす。
見るに耐えないものを晒すのには引け目を感じたが、それでも、最期は彼女の瞳に映っていたかった。

「なんで落ち着いてられるの?!」
「…俺にとっては、ようやく訪れた終わりだ」

刀で華奢な腕を拘束していた縄を切り捨てる。
そして刀身を鞘に納め、彼女の横に置いた。

「……初めから…ここを生きて出るつもりがなかったのね」
「……………」

聡い言葉を、背中で受ける。
ようやく、ここまできた。この瞬間を、何度、思い描いたことか。

「だからってを巻き込むなんて…!」

カロルの言葉は至極まっとうな事だけども。
泥沼のような闇から逃れる術を終焉という形に縋るのは、悪なのか。
雪原のように真っ白な頭に、無骨な手をそっと乗せる。

「背中を擦る役は、誰にも譲りたくなかったのさ」

甘えろと言うくせに自分は甘え下手な少女。そんな彼女が秘密を共有する俺に見せた表情は、
怯えて弱音を吐くを知っているのは、きっと、俺だけだ。
ユーリにはできない。俺にしかできない。幼稚な独占欲が重りとなって落ちる。

は。レイヴンでもシュヴァーンでも死人であっても。きっと俺を「おじさま」と呼んでくれる。
だから……共に居たいと、望んでしまった。

    ッ。ひとりで勝手に終わった気になってんじゃねぇ!」

乱暴に床を蹴る音が背中に迫る。
ぐん、と首元が強く引っ張られ無理矢理振り向かされた先には、拳を振りかざすユーリがいた。

「俺たちとの旅が演技だったとしてもだ!最後までケツ持つのがギルド流……
 ドンの遺志じゃねえのか!!」

容赦ない鉄拳に視界が回転した。
おい、本気で殴ったぞこの兄ちゃん。
文字通り殴り飛ばされた俺は、カッコ悪く尻餅をつく。

「最後まで、しゃんと生きやがれ!」

…言ってることはカッコいいんだけど、ちゃっかりの前に仁王立ちになって
俺から見えないようにしてるあたり、違うものを感じないでもない。
いつも飄々とした青年が俺にここまで怒るのは意外だった。

仲間も、怒っているような泣いているような顔で俺を見下ろしている。
ああ。…そうか。と同じだ。レイヴンとして辿ってきた道が、影響が、巡って今に繋がっている。

俺ものように、彼らに、何かを残していたらしい。

「おじさま」

ずずっ。鼻をすする音が響いた。ユーリのうしろで、泣きそうな顔している

「おじさま」

ただ名前を呼ぶ少女。だが、いろんなものが滲んでいる。
の望み。そんなもの。決まっているじゃないか。分かっていないのは本人たちだけだ。

「………ホント、容赦ねぇあんちゃんだねえ」

行動を共にしたせいで、感化させられたのか。よっこいとせ立ち上がり、腰に下げた己の剣を抜く。
弓に変形できるこれも、たくさんの記憶が詰まった代物だ。
入口の瓦礫に向かって矢を番え、弦を引く。慣れた動作だが、意味を成すのは久方ぶりだ。
未だ崩れる音が響く中、ひときわ大きな爆発音が起こり、塞がれた通路が解放される。
そして…その振動で、さらに寝所の崩壊が加速する。

「みんなで一緒に出るぞ!」

ユーリが激を飛ばすが、リミットはすぐそこに近づきつつあった。
さらに激しくなる振動。凶器のような雨。これらを掻い潜っての脱出は困難を極める。

「ユーリ!が…!」
「……うぅ………」
!」

地面にへたり込んだままのをカロルが懸命に支えている。
今まで縛られていたせいか、衰弱し上手く動けないらしい。
…辛いのは、身体だけではないだろう。度重なる秘密の露見は、かなりの心労になっているはずだ。

「…私は…いいから……」
「いいもクソもあるか!いいから抱かれてろ!」

事は急を要する。ユーリはすぐさま彼女を抱き上げた。
が、同時に頭上で鈍い音がした。
見上げれば天井が抜け落ちた直後だった。到底よけきれない大きな塊が、被さるように俺たちに迫る。
カロルも、を抱えたユーリも、最早下敷きは免れない。

この3人は     未来が楽しみな子たちだ。
少しくらい…大人らしいことしても、いいんじゃないの?

紛い物でもなんでも、この心臓が俺の心臓だっていうんなら。

「……レイヴン?」

を庇い背を丸めていたユーリが。頭を抱えていたカロルが。
いつまで経っても衝撃がこないことをいぶかしみ顔を上げる。

ああやばい。きっついわコレ。体中の血が沸騰しそうだ。
けれど、あと少し。ほんの少し。耐えることができたなら。

「長くは保たない………早く、脱出しろ」

身の丈以上の瓦礫が重い。支える腕が千切れそうだ。
周りを照らすほど輝く魔道器の光が、初めて忌々しくないと思える。
心蔵が放つのは白い光。の色だ。この力が、崩れそうな体を支えてくれている。

「お、おじさま……だ、だめ…!!」
「ちょっと…生命力の落ちている今そんなことしたら…!」

優しいねぇ少女たちは。
尚更、頑張り甲斐があるってもんんだ。

「…アレクセイは帝都に向かった。計画を最終段階まで進めるつもりだ」

あとは、お前たち次第だ。
ユーリは目を伏せ、カロルを促す。

「レイヴン!レイヴン!」
「……行くぞカロル」
「でも!」
「行くんだ!」
「………………ッ」

ユーリの言葉に同意するように、カロルに向けて頷く。

「…おじさま……!」

カロルと同じくらいぼろぼろ泣いている少女に、笑いかける。
ちゃんが笑えないなら、俺が笑おう。
君がいつも向けてくれた、とびっきりの笑顔を。

ユーリと同じように、俺の中にも、ちゃんはいるから。

「おじさま……っ、いや…っ!」

最後まで手を伸ばす彼女を、愛おしいと思わずにはいられない。
けれど、本当に手を重ねる必要があるのは俺ではないから。

涙を散らしながら背を向ける仲間たちを、笑って、見送る。
音がうるさい。身体が痛い。
ああ、でも、若人たちを守ることができた。上出来じゃないか?

「ガラにもなかった、かな……」

魔道器の光が薄くなって、消えていく。


    俺の意識は、そこで途切れた。