稀に激しい雷雨を響かせる時もあるが、猫が来て以降は穏やかな気候が続いているトルタスク王国。
ついに寝ているだけも退屈してきたのか、彼女は部屋をうろつくことが多くなった。
相変わらず警戒心が強いのか外に出ようとはしないものの、物足りなさそうにしているのである。

君は自由だ。その台詞のとおり、コンヴィクはイクスの行動を制限することはない。
いっそ監禁されれば脱出しようともがけるのだが、自由にされていることが逆に何を企んでいるのかと不信感を招いてしまい、
部屋から出ようとは思い切れないようだった。早い話が、捻くれ者である。

部屋にいれば寝床もあるし、食事だって取れる。
訪れる人間はもっぱら脳天気なコンヴィクだけであるから気を使わない。閉じこもっているのは、気が楽だ。
しかし、楽は楽なものの、外の世界もとても気になる。
柔らかそうな芝生。暖かな日差し。ベットよりも、あちらで昼寝をしたほうが気持ち良さそうだ。
そんな彼女の本音をどこから嗅ぎ付けたのか、ある夜の食事の途中、さもついでのように彼は言った。

「イクス、明日のお昼は外で食べようか。城の裏手なら人気も少ないし、落ち着けると思うよ。」

夕食のデザートを食べる手が、止まった。
猫はゆっくりと王を振り返る。彼はいつもと変わらず、馬鹿面ともいえる笑顔をぶら下げていた。

「君と一緒に外で過ごすのは楽しそうだ。どうだろう、俺の我が儘につきあってくれないかな?」

コンヴィクのことは、別に嫌いではない。好きでも無いが。
だが少なくとも、あの紅い髪の男よりは信用している。
もっと言えば、コンヴィク以外の人間は不信の対象である。

イクスは小さく頷いた。コンヴィクはその反応を見て、さらに笑顔を弾けさせる。
・・・ここ数日一緒に居て常々思うが、彼の笑顔はどこか間抜けだ。疑うのも馬鹿らしいほど、おっとりしている。

「よし、じゃあおめかししないと!ちょっと計らせてくれるかい?」

そう言って生き生きと立ち上がるコンヴィク。白く細長い紐のような物を両手で広げている。

「・・・っ?!」
「あ、大丈夫大丈夫。肩と腕、あと身長を確かめたいんだ。」

メジャーというものを知らない猫は、それこそ警戒心をあらわに後ずさった。
見たことも無い得体の知れない物を大丈夫と言われても安心などできない。怖いし、気持ち悪いではないか。

「こないで・・・・っ」

肩を怒らせ、精一杯睨みつける。そういえば彼にこんなことをするのは久しぶりだ。

「イクス・・・これは長さを計る道具だ、危険なことは無いよ。」
「いやだ。いやだ、いやだ。」

敵意を向けられたのがショックだったらしく、さっきまでの明るさはどこへやら、
コンヴィクは声のトーンを落しながら説得を試みる。
が、イクスは首を横に降るばかりで、押し問答が続くのみ。彼は悲しそうに息をついた。

コンヴィクはいつも笑顔で、彼の淋しそうな表情を初めて見たからかもしれない。
悪いことをしている気がして、なんだか落ち着かない。

「・・・・・ヴィクは嫌いじゃない。白いのがいやだ。」

イクスにしては最大限譲歩した台詞だった。だってこのせいで食事を運んでもらえなくなると困る。
彼女の努力が効いたのか、コンヴィクの顔色がみるみるうちに暗さを吹き飛ばしていく。

「イクス・・・・君、いま、俺のことを愛称で・・・!」
「っ?!」

白いものを放り投げて、彼は感極まった勢いのまま猫をぎゅうぎゅう抱きしめた。

「は、はなしてっ」
「しかも嫌いじゃないなんて・・・良い子だなぁ君は・・・!」
「うううっ」

・・・・よく分からないが、どうやら色々ツボだったらしい。
大柄な男に抱き込まれ小柄なイクスは思うように身動きが取れず、必死に暴れた。
が、どこか別の世界へ旅立った彼は決して力を緩めることはなく、暑苦しい抱擁をさらに暑苦しくさせてくる。
愛称を使ったのは単にそちらのほうが字数が少なく楽だったからなのだが、それは言わないほうがいいのだろう。
解放されたいのは山々だが、この脳天気笑顔が陰るのも、嫌な気がする。

「うんうん、よしよし。君のサイズがだいたい分かったぞ。」

なんのことだと、不信感丸出しで見上げると、彼は悪戯っ子のように笑った。

「抱いて確認した程度だからおおよそだけど・・・まあ、細かい詰めは作ってからだって十分できるしね。
 これで可愛い服が作れそうだよ。」

すっかり調子を戻した、いや先程よりもハイテンションになっているコンヴィクは嬉しそうに頬を赤らめ、
イクスの頭を優しく撫でた。そして白く小さな頬に、ちゅっと、親愛のキスを落とす。

「よし、さっそく取り掛かるとするか。あ、明日の朝食はサンドウィッチだよ。
 君の大好きなスクランブルエッグを挟むから楽しみにしておいで。」

洗い物をトレーに乗せ、じゃあね〜と足どりも軽く上機嫌で部屋を出ていくコンヴィク。
大の男が踊るようにスキップをするのはとても気持ち悪いということを、イクスは密かに学んだ。

ぎゅうぎゅうとされたのは大変気に食わないが、あの白いものよりはマシだと結論づける。
イクスにとって定義は、嫌かどうか、である。
驚きはしたものの、一応嫌ではなかった。力の差を見せつけられたようで面白くはないけれど。

「・・・・・。」

不思議な男だ。穏やかで、落ち着いていて、けれど垣間見せるはしゃぎかたはまるで子どものよう。
・・・・・明日は、外に出る。その男の気まぐれで。
また当たり障りの無い、くだらない話を延々と喋るのだろう。嫌ではない。彼の低い声は、子守唄代わりになる。
机の上を見やると、1枚だけ減ったクッキーの包みと、白い煙を吐き続ける小さな壺が乗っている。
初めて来た時にも嗅いだ甘い匂いはどうやらあの壺が出していたらしく、小さくか細くも、一筋の煙を上らせ続けている。
クッキーも匂いも、イクスをとても落ち着かせてくれる。この部屋は、良いもので満ちている。

「・・・そと・・・・」

太陽の匂いは、甘い匂いよりも甘いだろうか。
草花の柔らかさは、クッキーよりも安心をもたらしてくれるだろうか。
不安なことはたくさんある。けれど、閉じこもっているのはもう飽きた。

いつものように窓の外を眺めてみる。
そこにはイクスの好きな晴れ模様が、空いっぱいに広がっていた。

「・・・。」

ずっと晴れていればいいのに。
そんなことを、なんとなく思った。



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09/11/8up